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「裁判所をもっと身近に」32歳の元書記官がYouTube発信、イチケイ監修 次のステージは弁護士
かつての職場に帰ってきた牛田さん。「次来るのは弁護士としてですかね」(2022年12月、弁護士ドットコムニュース撮影)

「裁判所をもっと身近に」32歳の元書記官がYouTube発信、イチケイ監修 次のステージは弁護士

高校生の時、検察官になろうと一橋大法学部に進んだ。父が愛知県内で“オヤジ狩り”に遭い、強盗事件の犯罪被害者になったからだ。

しかし、若き青年の思いは、ゼミでの刑事施設訪問、障がいのある子どもとの関わり、裁判所書記官としての仕事など広い世界を知り、変化する。「処罰するだけでは、ダメなんだ」

根本的に犯罪をなくすにはー。15年考え抜いて、たどりついたのは弁護士という道だった。

●当事者ともっと近くで関わるために

牛田宰(つかさ)さん(32歳)は、2022年度の司法試験に合格した。現在76期司法修習生だが、その経歴は多彩だ。大卒後、民間企業での勤務を経て、裁判所の事務官に。東京地裁の広報などを担当した後、書記官として訴訟関係者との連絡調整、期日に向けた事前準備、事件の進行管理など事務全体を司ってきた。書記官はコート(法廷)マネージャー(管理者)とも言われる「専門家」だ。

「25歳で裁判所に幹部候補として入り、勤めあげるつもりでした。ただ結婚などを機に、長野に移住することになった。30歳を機に、犯罪や紛争のない社会づくりのためにゼロからやってみようと。事件の当事者とは多くのやりとりをしてきましたが、犯罪や紛争をなくすには、弁護士として、もっと近くで直接手助けできるようになりたいと思ったんです」

2020年3月に退職し、YouTubeチャンネル「元裁判所書記官が綴る」を開設。書記官の仕事について発信。論理的な思考法や文章の書き方について電子書籍にまとめたほか、ドラマ「イチケイのカラス」監修、1月9日スタートのドラマ「女神の教室」監修協力もした。

「もともと自分のように悲しむ人を生む犯罪をなくすには、加害者をつくらないようにしなければならないと思ったのが司法の世界に入った始まりです。書記官として、被告人の話を聞いていると、幼少期から他者のことを考えて行動する力を養う教育が必要だと感じ、そんな活動をしたかったのですが、何者でもない元公務員が始めるのは困難でした」

まず、説得力のある法曹資格が必要だと痛感した。勉強の傍ら、自身のプロモーションのために始めたのがYouTubeやブログを通じた発信だった。そして、自分にできるのは、裁判所のことをもっと身近に感じてもらうこと。それが自分を育ててくれた裁判所への恩返しだと思った。貯金を取り崩しながら、勉強と発信を続けた。

●YouTubeの経験が合格の大きな後押しに

当初は裁判所職員志望者のための職場や仕事の紹介、採用面接の実情などを発信していたが、登録者数が1日1人増えるかどうか。3時間かけて台本をつくり、撮影と編集で3時間。週3回アップしていたころは、勉強以外の時間は動画制作に消えた。LINEのアカウントを公開し、動画に関すること以外の採用関係の相談も無料で受け付け、全てに回答した。

「人生をかけている相談だから、適当には扱えませんでした。徹夜して回答を考えたり、知人に聞いて情報を集めたり。『受かりました!』と報告を受けた時は嬉しい。おかげでタイピングの速度も上がりましたよ(笑)」

そんななか、NHK党党首・立花孝志氏の裁判について、書記官としての所感を話した動画がバズり、登録者数は一気に2000人くらい増えた。一般傍聴する人のために「裁判の裏側」などを語り、裁判を身近に感じさせるための動画も盛り込んだ。これまで上げた動画は133本。視聴者層は10〜60代と幅広い。

「(裁判員制度などもあり)国民の誰しもが明日裁判に関わるかもしれないのに、司法への関心が高まらないことを課題だと感じていました。ネット上を見てみると、裁判所に関する情報は少なく、曖昧だったり虚偽だったりするものも多かった。広報を担当した経験もあったので、司法について議論できる場をつくれたのは大きかったと思います」

YouTubeを含めこれまでの経験は、今回の試験でも牛田さんの大きな支えとなった。

「予備試験や司法試験でくじけそうになった時、視聴者さんのことや、後押ししてくれた裁判所の元同僚たちを思い出すんです。自分は何のために法曹を目指したのか、弁護士になって実現したいことがはっきりしたからこそ踏ん張れた。なんとなく試験を受けた今までの3回とは明らかに違いました」

●二度と加害者にさせない

牛田さんは2〜3年ロースクールに通う方法ではなく、司法試験を受ける資格を得られる予備試験狙いの一本だった。合格率が毎年3〜4%と難関だが、勉強をしながら社会経験を積みたかったのだという。

その意味で、長野という土地は適していた。田畑を借りて農作業をするうちに地域の高齢者と話すようになった。ベトナム人技能実習生とも出会った。書記官時代、オーバーステイや窃盗で起訴されるベトナム人の事件を多く担当していたこともあり、夢を抱いて来日したにもかかわらず、犯罪者になってしまうことに「やりきれなさ」を感じていた。

日本語を学び、日本人と触れ合うことによって地域になじめれば、彼らに情報が入ってくるし、頼れる人ができて孤立しないのではないか。司法試験合格後、ベトナム人に日本語を教えるボランティアに加わった。草の根交流が、ひいては犯罪抑止につながると考えている。

長野県で修習後、弁護士になったら第一にやりたいことは「刑事弁護」だという。被告人に犯した罪ときちんと向き合うよう促し、再犯をしないようサポートしたい。一人一人の事情に応じて、判決後も各所と連携して被告人をケアできるような形を目指している。

YouTubeでは、よどみなく語る姿が印象的だが「実は話すのは苦手で、口述試験も嫌でした。でも学部生時代、葛野​​尋之ゼミでおこなった数多くのディスカッションで鍛えられました。あの時がなかったら、今の私はないとはっきり言えます。葛野先生にも合格を報告し『これまでの経験が生きることでしょう』とエールをいただきました」と話す。

初めて法曹を志したころよりも、確実に大きく成長した牛田さんがバッジをつけて再び裁判所に戻る日は、まもなくだ。

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