ベストセラーとなった新書「日本会議の研究」(菅野完著、扶桑社)の中で言及された宗教団体元幹部の男性が、名誉を傷つけられたとして販売差し止めなど仮処分を申し立てた裁判で、東京地裁は1月6日、販売差し止めを認める決定をした。扶桑社は、保全異議(処分の取り消し)を申し立てたが、1月24日、東京地裁は仮処分執行停止の申し立てを却下した(保全異議の申し立ては継続中)。
1月6日の決定では「男性の社会的評価を低下させる」と判断した該当部分を削除しないかぎり、販売などを差し止めることや、扶桑社が管理する在庫の引き渡しを命じた。
そこで疑問として浮かぶのが、電子書籍の扱いだ。扶桑社によれば、電子書籍は販売差し止めの対象外だったが「地裁の決定の主旨を踏まえて、電子書籍についても自主的に修正版としました」(法務担当者)という。決定後の1月10日夕方から、該当箇所を黒塗りにした修正版の商品の再販売を始めている。
一般的に、差し止め請求をめぐり、電子書籍はどう位置付けられるのか。桑野雄一郎弁護士に聞いた。
●差し止めとは「将来の侵害行為」の停止を命じるもの
今回の仮処分は、電子書籍については対象外だったものの、扶桑社が自主的に修正版に改めたとのことです。そこで仮に、電子書籍についても差し止めが認められたら、どうなっていたのか、という視点でご説明します。
差し止めとは、「将来の侵害行為」の停止を命じるものです。今回の裁判所命令は、「将来の販売」停止を命じたものであり、すでに配信(ダウンロード)された「過去の侵害行為」について、何らかの措置をとるよう命じるものではありません。
ですから、扶桑社は将来の電子書籍の配信(公衆送信)はできませんが、すでに端末にダウンロードされた電子書籍について、変更したり削除したりする必要はありません。
ちなみに、今回差し止めが命じられたのはあくまで扶桑社です。実際に電子書籍の配信を行っている配信事業者ではありませんので、配信事業者による配信行為が直ちに仮処分決定の影響を受けるわけではありません。
また、紙の書籍の場合、差し止めが認められた場合には書店の店頭から回収されることはあります。しかし、それは裁判所の命令によってではなく、あくまで自主的な措置ですし、その場合も既に購入された書籍について消費者から回収をすることは不可能です。
電子書籍の場合も同様で、扶桑社が電子書籍について修正版に差し替えたのも自主的な措置として行ったことでした。既に購入(ダウンロード)されて消費者の端末に保存されている電子書籍を削除したり差し替えたりすることは不可能です。ですから、既に購入した方は安心をしていていいと思います。