「主文は理由を述べた後に言い渡します」。裁判長は冒頭でこう述べたあと、判決の言い渡しをはじめたーー。愛知県碧南市で1998年に起きた夫婦殺害事件で、強盗殺人罪などに問われた堀慶末(よしとも)被告人(40)の判決公判での一幕だ。
12月15日の判決では、事件当日の夕方、堀被告人が共犯者2名とともに、強盗目的で無施錠の夫婦宅に侵入し、自宅にいた妻と、翌日未明に帰宅した夫をあいついで絞殺し、現金6万円を奪ったことなどを認定。景山裁判長は「生命軽視は甚だしい」として、検察の求刑通り、死刑を言い渡した。
判決公判が始まり、主文が後回しになったことがわかると、「厳しい判決が予想される」などとして、大きく報じられることが多い。判決において、主文を後回しにすることは、どんな意味があるのだろうか。刑事手続に詳しい萩原猛弁護士に聞いた。
●被告人の動揺を防ぐため
「刑事訴訟規則35条2項には『判決の宣告をするには、主文および理由を朗読し、または主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならない』と定められていますが、主文と理由の『朗読の順序』については、特にルールが設けられているわけではありません」
萩原弁護士はこのように切り出した。
「刑事裁判の判決は、『主文』で被告人に科される刑の内容を示し、『理由』で主文を導き出した具体的な根拠を説明します。
ほとんどの刑事事件の判決では、裁判官は(1)主文→(2)理由の順に朗読しますが、例外的に『主文』が後回しにされ、『理由』を先に読み上げることがあります。
それは、今回の判決のように『死刑』を言い渡すような場合です」
なぜ、死刑判決の場合、主文を後回しにするのだろうか。
「もし死刑判決の冒頭に『主文』を言い渡すと、死刑を宣告された被告人が動揺してしまい、引き続いて朗読される『理由』などを落ち着いて聞いていられなくなる恐れがあるからです。
判決の言渡しは、被告人にその内容を理解させることが目的です。裁判所がどのような理由で、どのように判断したのかということを被告人が十分に理解することで、判決に服するか否か、その判決に対する態度を決めることができるからです」
●死刑以外でも「主文後回し」になることがある
ただ、「死刑イコール主文後回し」が慣行になると、「主文後回し」になった時点で、被告人は「死刑」とわかってしまうのではないだろうか。
「そうした事態を回避するために、『無期刑』を言い渡す場合も、主文後回しにすることがあります。主文後回しであっても、必ずしも死刑とは限らず、無期刑の場合もある、というのが最近の傾向でしょう。
また、執行猶予が付く判決の場合でも、まれに主文を後回しにすることがあります。それは、執行猶予か実刑か微妙な事案です。
このような事案は、裁判官が様々な点について考慮を巡らしたうえで、かろうじて実刑を回避したということが言えます。裁判官としては、被告人の社会での更生に不安と期待が入り混じった心境にあると思われます。
それだけに、裁判官は、被告人が『執行猶予になった理由』を十分に理解して、二度と犯罪に陥ることがないように、強く願っていると思われます。その場合、初めに『執行猶予』ということが被告人に分かってしまうと、その時点で、被告人は『実刑を免れた』ということで安心してしまい、『理由』の朗読を真剣に聞かなくなってしまう可能性があります。
裁判官がぎりぎりの判断で、被告人を刑務所に行かせることを思いとどまった。そのことを被告人が真剣に受け止めて更生してほしい。そんな裁判官の思いが、通常とは違って『理由』から朗読して『主文』に至るという順序に現れている、と考えられます」
萩原弁護士はこのように述べていた。