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「中国で訴訟をやっても勝てない」は誤解…遠藤弁護士が語る中国の知財法務
遠藤誠弁護士

「中国で訴訟をやっても勝てない」は誤解…遠藤弁護士が語る中国の知財法務

「違法コピー商品が横行」「日本の商品名・地名が勝手に商標登録される」など、中国では知的財産権が守られないという印象を持つ人は少なくないだろう。特許庁が今年3月に発表した2015年度の模倣被害調査報告書でも、日本企業が模倣被害を受けた国のトップは中国で64.1%(2014年度)。2位以下の国と比べて突出して高かった。

一方、中国で知的財産権が保護されないかといえば、そうとも限らない。中国の知的財産法に詳しい遠藤誠弁護士は「法的に適切な手続きをとれば、中国でも日本企業の知的財産権が保護されるケースは多い」と話している。実態はどうなっているのだろうか(取材・構成/染谷美樹)。

●放置しておくと、模倣品が正規品の市場を奪ってしまうケースも

ーーなぜ、中国では模倣被害が多いのか?

まず、当然のことながら、中国の人口は13億8000万人で、国自体の規模が非常に大きいため、統計上の被害件数も多くなるということがあげられます。また、中国では、売る方も買う方も、知的財産権に対する認識が遅れていることも大きな理由です。作る側は「人のものを真似しても許されるだろう、見つからないだろう」、買う方も「使えればいいし、値段はできるだけ安い方がいい。本物でなくても構わない」と考えています。

しかし、以前と比べて模倣品の製造技術は格段に上がってきています。正規品を製造している日本企業の人ですら、一度購入して研究所で分析しないと正規品か模倣品か分からないこともあります。とくに商標については、巧妙に商標権侵害を逃れようとする事例が増えています。たとえば、商標の完全なコピーではなく、あえて手を加えることで、必ずしも侵害とは言い切れない商標を先に登録するのです。

ーー中国では、知的財産権の法制度は整備されているのか?

日本では、中国のパクリ商品の事例が面白おかしく報道されることが少なくないので、知的財産に関する法制度が不十分だと考えている人もいるでしょう。しかし、実は中国の法整備はかなり進んでいます。

中国は2001年にWTOに加盟しました。WTOに加盟するためには、知的財産保護などの国内法整備が求められる「TRIPS協定」を満たす必要があります。そのため、2001年の段階で、中国の知的財産法は、基本的には整備されたといえます。

その後も、中国政府は積極的に知的財産法の改正を進め、最近では相次いで、知的財産権の保護を強化する姿勢を打ち出しています。現在でも中国における知的財産権の侵害は後を絶ちませんが、以前と比べれば、中国の知的財産法をめぐる状況はかなり変わってきています。

ーー日本企業はどんな対策が必要なのか?

大企業であっても中小企業であっても、中国では主体的に対策をとることが必須です。とくに商標権や特許権の登録は必ず行っておく必要があります。中国でも日本と同様、商標権や特許権の登録は基本的に「早い者勝ち」ですので、今は中国に進出する予定がなくても、登録しておかなければ、第三者に先に登録されてしまう可能性があります。

過去には、「無印良品」などの商品ブランド、「山口百恵」などの有名人の名前、「青森」などの地名が、第三者によって先に商標出願されるケースがありました。

中国は巨大な市場であるため、模倣品が出回る規模も大きいという特徴があります。中国の模倣品業者の方が、正規品を製造する日本企業よりも、企業規模がはるかに大きいということも少なくありません。中国の模倣品業者は中国市場において独自の販売網を構築していますので、模倣品の流通を放置しておくと、中国市場を完全に奪われてしまいます。

また、従来は、中国において日本企業が特許権者として中国企業に対し権利行使することが多かったのですが、特許権は出願から20年で期限が切れますし、技術革新が凄まじいスピードで進んでいる現在、従来の技術はすぐに陳腐化してしまいます。

むしろ、最近では、一部の中国企業が、潤沢な資金を投下し、内外の優秀な人材を集めて、研究開発を進め、日本企業の先を行く技術を開発して、数多くの特許権を取得しています。今後は、中国企業がその特許権をもとに日本企業を訴えてくることも、珍しいことではなくなるでしょう。

●中国の法制度は基本的に整備されている

――日本企業は中国の裁判で勝てるのか?

中国の裁判では、日本企業は差別され、勝てないのではないか、という質問を受けることがよくありますが、通常は、そんなことはありません。実際、日本企業が中国の知的財産権訴訟で勝訴した事例は、いくらでもあります。知的財産権に関する紛争については、少なくとも、北京や上海のような大都市の裁判所は、公平に審理していると思います。

しかも、中国の裁判は、解決までがスピーディです。中国の民事訴訟法には、訴訟事件の立件から判決までの期間につき、第1審では6か月以内、第2審では3か月以内でなければならないということが規定されています。

ーー裁判費用はどのくらいかかるのか?

英語や日本語の通じる中国弁護士の費用は、訴訟の内容や複雑さにより異なりますが、数百万円程度かかることも少なくありません。ただ、費用対効果という点では、中国は非常に効率的な国だと思います。中国は巨大な国ですが、基本的に法制度は全国共通であり、中国の裁判所により下された判決は中国全土で有効であるため、高い弁護士費用をかけてでも訴訟をする意味があります。

これがASEAN(東南アジア諸国連合)になると、10カ国それぞれが別々の法制度を有しており、1つの国の裁判で勝訴判決を得ても、原則としてその国でのみ効力が認められるだけですので、高い弁護士費用をかけてまで訴訟をすることは、中国に比べると効率が悪いといえます。

また、中国では、日本にはない「行政摘発」という制度もあり、各地方の行政当局に申し立てれば、模倣品業者に対する摘発を行ってくれます。費用は、せいぜい数十万円程度です。具体的には、まず日本でいう探偵事務所のような調査会社に事実関係を調査してもらい、証拠を確保したら、その地方を管轄する行政当局に模倣品業者に対する摘発を依頼します。この制度を利用する場合、通常は、弁護士に依頼する必要はありませんし、裁判所の関与もありません。この行政摘発の制度は、日本企業も多く利用しています。

また、最近では、インターネットで模倣品の販売が行われることもよくありますが、インターネット関連の中国企業も知的財産の保護に熱心に取り組んでいます。たとえば、中国最大級のオンラインショッピングサイトの「タオバオ」(陶宝)では、インターネット上での模倣品の販売により、自分の知的財産権が侵害されていることを証拠とともに通知すれば、数日以内に模倣品販売のウェブページを削除するなど、迅速に対応してくれます。

ーー特許庁の調べでは、模倣品対策をしていない企業はいまだ半数近くにのぼるようだ

「中国で知的財産訴訟をやっても勝てないだろう」という認識も、対策をしない一つの原因になっているのではないかと思います。しかし、これまで述べたように、中国の知的財産法はすでに基本的には整備されていますし、日本企業が勝った訴訟もたくさんあります。

模倣品の品質が劣悪である場合に、模倣品が中国市場に流通するのを放置すると、消費者によるクレームが増加し、正規品のブランドイメージ低下に繋がる可能性があります。逆に、模倣品の品質が正規品と遜色ないほどに高い場合に、模倣品が中国市場に流通するのを放置すると、市場を奪われることになりかねません。したがって、いずれの場合であっても、日本企業としては、模倣品を放置すべきではありません。


以上のとおり、日本企業は、大企業か中小企業かにかかわらず、自分の権利は自分で守るしかありません。中小企業だからといって、誰かが助けてくれるわけではありません。まずは、特許や商標を日本だけでなく外国でも出願しておくこと。そして、権利侵害を発見した場合は速やかに権利を行使することが重要です。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

遠藤 誠
遠藤 誠(えんどう まこと)弁護士 BLJ法律事務所
1998年弁護士登録。2006~2011年、北京事務所に駐在。2013年に、大手の法律事務所から独立し、「ビジネス・ローの拠点」(Business Law in Japan)となるべく、BLJ法律事務所を設立し、現在に至る。中国等の外国との渉外案件・知財案件を中心とする企業法務案件に従事。「世界の法制度」の研究及び実践をライフワークとしている。

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