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秋田県警だから仕方ない? 弁護士殺害の悲劇、現場にいた警官2人の不手際なのか
津谷さんが着ていたスウェットの傷について説明する清水弁護士

秋田県警だから仕方ない? 弁護士殺害の悲劇、現場にいた警官2人の不手際なのか

2010年11月、秋田市の弁護士・津谷裕貴さんが自宅に侵入してきた男に刺殺された事件。逮捕されたのは、離婚をめぐる裁判で元妻の代理人だった津谷さんを恨み犯行に及んだ菅原勝男受刑者。最高裁で無期懲役が確定している。

ただ、この事件には大きな謎があった。菅原受刑者が剪定ばさみを解体してつくった凶器で、津谷さんを正面から2度刺したとき、妻良子さんの通報で駆け付けた警察官2人がその場に居合わせていた。2人の警察官は一体何をしていたのか。

「夫が刺されたときの状況を明らかにして欲しい」。妻の良子さんら遺族は、秋田県と菅原受刑者に国家賠償と損害賠償を求める民事訴訟を起こし、「津谷さんが殺されたのは警察官の不適切な対応が原因」と訴えた。警察官2人が津谷さんを犯人と勘違いして取り押さえている際に、菅原受刑者に刺されてしまったというのだ。

これに対し、今年10月16日の秋田地裁判決(齋藤顕裁判長、藤田壮裁判官、柳澤諭裁判官)は、県への請求を棄却。原告の弁護団は客観的証拠として鑑定書を提出していたが、判決文はこの鑑定書をほとんど検討しないまま書かれていた。

弁護団の1人である清水勉弁護士は、「良子さんは事件現場にいて、ほんのわずかな時間、夫の姿を見ていなかったときに、警察官の目の前で刺された。見ていないはずがないのです。この点を明らかにするために、津谷さんが刺されたときの姿勢と警察官の行動に関する鑑定書を作成し、鑑定人の証人尋問までしたのに、判決文で無視しているのはひど過ぎる」と憤る。

判決文はどのようなものだったのか。清水勉弁護士に聞いた。

●刑事事件では真相が明らかにされず

——刑事事件ではどのような認定がなされたのか。

「刑事事件では、『廊下の台所入り口付近から被害者寝室内部の入り口付近までの間において、刃物を複数回突き出して、2か所の傷を生じさせた』と結論づけられました。

刺された傷がどんなものかについては、刑事裁判で検察側が用意した『美作鑑定書』で明らかになっています。

津谷さんは剪定ばさみを解体した凶器(全長:67㎝、刃渡り:約16㎝)を持って出て来た菅原受刑者に、正面から向き合う位置関係で2度刺されました。1度は身体の正面から左下胸部を水平に、もう1度は左胸部を斜め上から下方向にです。

左手親指を深く切っているのは、左腹を刺した凶器を左手で掴んだために、菅原受刑者が凶器を引いたときに出来たものと考えられます。

しかし、廊下のどの位置でどのような姿勢のときに刺されたのかについては、詳しくは触れられなかったのです」

●民事裁判で新たに提出した「押田鑑定書」

ーー民事裁判の判決文では鑑定書の内容が無視されたということだったが、新たに提出した鑑定書とはどのようなものだったのか。

「刑事裁判終了後、津谷さんが刺されたときに着ていたスウェットなどの衣類が返却されました。そのスウェットの破れている位置と津谷さんの身体の傷の位置を比較すると、明らかにずれていることに気づきました。

そこで『美作鑑定書』に加えて、民事裁判では新たに刺し傷について、法医学の権威である押田茂實・日大名誉教授による『押田鑑定書』を提出しました。

これは津谷さんの身体にあった傷と服の場所を比較したものです。体型の似ている息子さんたちの身体に、津谷さんの身体についていた傷跡をペンで書き、事件当時、津谷さんが着ていたのと同じサイズのスウェットに破れていた部分を縫い付けて、どのような体勢になるとこのようなズレが生じるかを検討しました」

ーー鑑定の結果はどうだったのか。

「事件当時、津谷さんは寝間着として半袖Tシャツの上にスウェットを着ていました。半袖Tシャツについては肌と密着していますが、スウェットは肌に密着していません。

普通に立っている状態で刺されたとすれば、身体の傷口とスウェットの破れた位置は同じ高さで一致するはずです。しかし、鑑定の結果、スウェットの破れた位置が2つとも傷の位置より下に明らかにずれていました。

左下胸部の傷付近のスウェットの破れは、左下胸部の傷の真下の位置にずれており、これは左右均一にスウェットを両側から釣り上げられた状態で刺されたとすれば、このズレを説明できます。

津谷さんが両側から警察官に腕をつかまれ、L字のように腕を上に上げられていたとすれば、スウェットは上方向に引き上げらます。この状態は、台所から廊下に出たときに良子さんが目撃した様子と同じです」

——この鑑定から、弁護側はどのようなことを主張したのか。

「2人の警察官が津谷さんの腕をつかんでいるところに菅原受刑者が突き刺し、直後に左腕を掴んでいた警部補が手を離したため、津谷さんは左手で凶器の刃先を掴んで怪我をし、跪いたが、巡査部長は右腕を掴んだ状態を続けた。そこへ菅原受刑者が津谷さんの左胸部を上方から刺したという状況があったとすれば、スウェットの破れた箇所と津谷さんの傷の位置のズレが整合します。

もちろん、これだけでは断定できませんが、有力な参考にはなります。裁判所が押田名誉教授の証人尋問まで認めたことからして、当然、判決文の中で詳しい分析をするだろうと思っていました」

ーー警察官2人はどのように供述しているのか。

「その前の状況を説明すると、2人の警察官が、廊下で菅原受刑者から取り上げた拳銃を持っていた津谷さんの腕を押さえている隙に、菅原受刑者が応接室に凶器を取りに行き、凶器を持って廊下に出て来ました。その後の状況をめぐって、争いになっています。

2人の警察官は、菅原受刑者が応接室から出てくる前に、津谷さんの腕から手を離したと供述しています。

警部補は『応接室から菅原が出て来たので、とっさに左後方に飛びのいて身をかわした』。津谷さんの後方にいた巡査部長は『菅原が向かって来たので、津谷さんが後ろに下がったのに伴い、自らも後方に下がり、よろけた』と証言しています。

その後、菅原受刑者と津谷さんが相次いで津谷さんの寝室に駆け込み、自分達も駆け込んだ。津谷さんが刺された瞬間は見ていなかったというのです」

ーー秋田地裁は遺族側が出した押田鑑定書について、どのように判断したのか。

「鑑定書について秋田地裁は、『押田鑑定書のとおり、津谷さんの刺創は原告らの主張の態様によって生じ得るものであるが、同鑑定書によっても、原告ら主張の態様以外で生じ得ないものであるとは認められない』として、採用を否定しました。

『認められない』と言うのであれば、他にどういった可能性があるのか指摘すべきです。それもないままでは、立証した意味がない。これではまるで『悪魔の証明』です」

●「秋田県警では仕方ない」では県民も救われない

ーー判決文では、「秋田県では凶悪事件の発生が少なく、日頃から本件のような突発的な事案に対応することができるだけの訓練が十分でなかった」とまで指摘している。

「秋田県警をバカにしています。『秋田県警じゃ仕方ない』というのでは、県民も救われません。例えば東京や千葉では秋田に比べて凶悪事件の発生件数が多いです。しかし、現場の警察官にとっては警察官人生で1度も遭遇しない警察官がほとんどなのです。それでもこの事件のようなドジは踏んでいないわけです。

なぜかというと警察官は犯人逮捕の訓練を積んでいるのです。素人ではないのです。現場に逮捕技術を身につけた専門家として緊張感をもって臨んでいます。秋田県警では警察官の訓練が疎かになっていたようですが、警察官2人が現場にいて、被害者が警察官の目の前で大きな凶器で2度も刺され死亡するというのは全国どこでも起こっていない。

秋田県警の警察官全員がいつもこのようであるはずがありません。緩んでいたのは秋田県警の幹部ではないでしょうか。

それに、今回現場に来た警察官2人にとって、津谷さんは自分たちが守れなかった犯罪被害者です。その通夜にも葬儀にも出席せず、線香をあげにも来ないというのは、あまりにも人間味に欠けます。県警が禁止しているのだとすれば、その組織は異常です。そういう組織を外からの力で変えなければ、今後も同じように失態隠しを続けるでしょう」

ーー遺族は10月24日、県への賠償責任を認めなかった秋田地裁判決を不服として、仙台高裁秋田支部に控訴した。

「敗訴事件の控訴代理人をお願いすると、普通、引き受けてくれる弁護士は少なくなります。それがこの事件ではたった2週間で新たに96人加わり、弁護団は315人にまで膨らみました。全国の弁護士が酷い判決に呆れ、怒り、名を連ねてくれました。

高裁で判決を覆すのは難しいですが、新たな立証をすることで、控訴審では正しい事実判断がされるよう願っています」

(弁護士ドットコムニュース)

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