警察官から職務質問を受けた際、リュックの中身を見せるよう執拗に求められ、拒否したら、すぐに帰してもらえなかったーー。東京都内のIT企業につとめるエンジニアの男性が8月下旬、このように主張して、都を相手取って、慰謝料を求める国家賠償請求の訴訟を起こした。
このニュースを受けて、インターネット上では「不当な公権力の濫用に司法はきっちりダメと言ってほしい」といった意見があがる一方、「バックの中身見せればすぐに帰してもらえたのでは?」など、職務質問を拒否したことについて懐疑的な意見もあった。
さらには、「職務質問や所持品検査に応じる義務とかあるのかないのか、その辺を法律ではっきりしてほしい」という声もあがっていた。職務質問や所持品検査は、わたしたちの身近にあるものだが、どんな場合、応じないといけないのだろうか。刑事事件にくわしい萩原猛弁護士に聞いた。
●職務質問の法的根拠は?
「世の中で頻繁におこなわれている警察官による『職務質問』や『所持品検査』の法的根拠は、現行法上、次の条文だけです。
『警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる』(警察官職務執行法2条1項)
また、警職法2条3項は『・・・刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない』とも規定しています。
つまり、職務質問において、警察官が強制力を行使することを禁じているのです」
では、執拗に職質に応じるよう求めることは違法なのだろうか。
「警察官が職務質問をした際、質問を受けた人が回答を拒否して立ち去ろうとした場合、警察官はただそれを黙認しなければならないとすると、犯罪の予防やその鎮圧といった職務質問制度の目的を達することができません。
そこで、最高裁判所は、個人の人権保障と社会秩序の維持の調和をはかるために、職務質問の際、警察官が質問を受ける人に対して、『一定限度の有形力』を行使することを認めています」
●最高裁で「適法」とされたケース
具体的にどんなケースがあるのだろうか。
「米子銀行強盗事件において、最高裁は『所持品検査』を『職務質問に附随してこれを行うことができる場合がある』としたうえで、次のように判示しました(最高裁昭和53年6月20日判決)。
『捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきできである。・・・所持品検査の必要性、緊急性、これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである』
この事件では、4人組による銀行強盗が逃走中という状況で、手配人相に似た人物に対して、警察官が職務質問をおこないました。その際、警察官は相手の意に反して、施錠していないバックのチャックを開けて内部を一べつしました。最高裁では、この『職務質問』『所持品検査』は適法とされました」
●バックの内部を一べつする程度の「所持品検査」は許される場合がある
結局、『職務質問』『所持品検査』が適法かどうか、どう見極めればいいのだろうか。
「事案の重大性、嫌疑の程度、職務質問を継続することの必要性、緊急性、行使された有形力の程度や態様、これらを総合して、具体的状況のもとで相当であったか否かを判断するということになります。
重大事件の嫌疑や、緊急性が認められないにもかかわらず、長時間質問を継続したり、承諾を得ずリュックの中身を出させて捜索するような警察官の行為は違法です。
ところで、ふだん警察官から職務質問を受けた場合、警察官がどのような情報をもとに、どのような嫌疑を抱いて質問してきたのか、こちらにはわかりません。そこで、やましいことがないのであれば、警察官の『職務質問』『所持品検査』に協力して嫌疑を晴らすというのも1つの選択です。
しかし、常に警察官に協力するということは、職務質問を適法とする事情がない状況で警察官の違法行為を容認してしまう場合を生じさせ、警察官の横暴をまねく危険性もあります。協力する場合でも、警察官に許される『所持品検査』はバックの内部を一べつする程度ですから、それ以上の要求には毅然と拒否すべきでしょう」