元衆議院議員(旧日本維新の会)の椎木保氏が、中学1年の女子生徒に対する不同意性交罪に問われた裁判で、東京地裁は2月3日、懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡したと毎日新聞などが報じました。
この判決に対し、SNSでは、衆議院議員まで務めた人物による女子中学生に対する卑劣な犯行であり、「執行猶予がつくのはあまりにも軽すぎる」といった批判も聞かれます。
刑の重さはどのように決まっているのでしょうか。簡単に解説してみます。
●「執行猶予」とは?
「執行猶予」とは、有罪判決が下された場合に、その刑の「執行」を「猶予」するものです。
たとえば「懲役3年、執行猶予5年」という判決だった場合、有罪ではあるのですが、すぐに刑務所に入らなくて良いことになります。
また、執行を猶予されている5年の間に、他の犯罪で有罪判決を受けたりしなければ、刑の言い渡しが効力を失い(刑法27条)、そのまま刑務所に入らないですみます。
逆に、この5年の間に、別の犯罪で禁錮以上の刑が言い渡された場合など、一定の場合には執行猶予が取り消されてしまいます(刑法26条)。
この場合、たとえば新たに言い渡されたのが「懲役2年」の実刑判決だった場合には、2年+3年で5年間、刑務所に入ることになってしまいます(※未決勾留日数等で減らされる部分はあります)。
●不同意性交罪では、原則として執行猶予はつけられない
執行猶予判決を下すには、いくつか条件があります。たとえば有期懲役刑の場合、「3年以下」でなければなりません。
今回問題となっている「不同意性交罪」の法定刑は「5年以上の有期拘禁刑(懲役)」です(刑法177条1項)。
下限でも3年以下ではないため、執行猶予はつけられないのが原則です。
ではなぜ執行猶予がついたのでしょうか?
その理由として、刑の「減軽」が行われたと考えられます。
「減軽」には、「法律上の減軽」と「酌量減軽」(刑法66条)がありますが、複雑になるためここでは詳しい説明は割愛します。
「減軽」によって、有期懲役の場合には長期(不同意性交罪の場合は20年)・短期(同じく5年)とも、半分にできるので、たとえば不同意性交罪の場合には、下限で「懲役2年6ヶ月」の判決を下すことが可能です。
この場合には、3年以下ですから、執行猶予をつけることも可能です。
●今回、執行猶予がついた理由
今回のケースは、酌量減軽が行われたのではないかと考えられます。
「酌量減軽」(刑法66条)というのは、犯罪の情状の中で特に軽くすべきと裁判所が判断した場合、刑を軽くすることができるというものです。
一般に、性犯罪でよくあるのは、被害者と示談が成立しているとして、酌量減軽が認められるケースです。
「示談」とは、加害者が被害者に謝罪や損害賠償などを行い、被害者がこれを受け入れ、民事上の争いをやめることです。
毎日新聞の報道によれば、「謝罪や賠償金の支払いを済ませている」とのことですので、示談により酌量減軽が認められたのではないかと思います。
●今回執行猶予がついたのは「妥当」なのか?
一方で「仮に酌量減軽がされたとしても、最長で懲役10年という判決を下すこともできるのではないか?」と疑問に思う方もいるかもしれません。
刑事裁判では、これまでの裁判例の蓄積による、おおよその量刑相場が存在しており、具体的な量刑の判断に影響しています。
量刑相場については様々な議論がありますが、ある特定の被告人に対して、あまりにも相場とかけ離れた判断を下すことは、裁判の公正さを損なうことになりかねないと考えられます。
判例集や「量刑調査報告集」(第一東京弁護士会 刑事弁護委員会)などで不同意性交罪の事案を探してみると、示談が成立している場合、懲役3年、執行猶予5年という量刑は、特別に軽いというわけではないようです(たとえば佐賀地判令和6年3月27日<懲役3年、執行猶予4年>や、横浜地判令和5年12月19日<懲役3年、執行猶予5年 ※性交が2回なされた事案>)。
もちろん、それぞれ事案も異なりますし、示談が成立していても執行猶予がつかなかったケース(たとえば横浜地裁令和6年8月20日<懲役2年10ヶ月の実刑 ※性交が2回なされた事案>)もあることには注意が必要です。
「元衆議院議員による犯行」であり、特に重く処罰すべきだ、という考えもありそうですが、毎日新聞の報道によれば、今回の事件では、裁判所は「元議員としての立場を悪用していない」と判断したようです。
●性犯罪に関する改正の大まかな流れ
この量刑相場自体が「軽すぎる」という批判は、非常に多いと思います。
性犯罪に関する刑法・刑事訴訟法の規定は、近年改正が繰り返されています。
平成16年改正で、強制わいせつ罪の上限7年を上限10年に引き上げ、強姦罪の下限2年を3年に引き上げ、強姦致傷罪の下限を3年を5年に引き上げるなどの改正が行われました。
平成29年には、「強姦」が「強制性交等罪」と改められ、法定刑の下限が3年から5年に引き上げられました。致死傷の場合の法定刑の下限も5年から6年に引き上げられる等の改正が行われています。
そして令和5年には、強制わいせつ罪が不同意わいせつ罪に、強制性交等罪が不同意性交等罪になる、などの改正が行われています。
これらの改正により、性犯罪は、おおざっぱにいえば「だんだん重くなっている」「処罰範囲が広がっている」傾向にあると考えられます。(※注)
今後、性犯罪の量刑相場も、重くなっていくことは十分考えられます。 (弁護士ドットコムニュース編集部・弁護士/小倉匡洋)
(※注)なお、法務省の見解では、不同意わいせつ罪・不同意性交等罪への改正は、「本来予定していた処罰範囲を拡大して、改正前のそれらの罪では処罰できなかった行為を新たに処罰対象に含めるものではありません」としています。
この法務省見解に対し、処罰対象を拡大したものではないとしているが、事実上改正により処罰範囲が拡大しているように見受けられることに対する批判もあります。