飲食店で食べ終わったあと「財布がない!」――こうした経験をしたことがある人は少なくないはずだ。東京都内に住むライターのKさんも先日、渋谷のラーメン屋で替え玉をたいらげて満腹になり「さあ帰ろう」と思ったとき、ふと財布がないことに気づいた。
かばんの中に電子マネーのカードとクレジットカードが入っていたが、その店の支払いは現金のみ。Kさんは店員に必死に説明して、なんとかお金をとりに帰らせてもらうことができた。
うっかりしていたとはいえ、「お金を持っていない」のに飲食してしまったことに変わりはない。いわゆる「無銭飲食」にあたる気もするが、罪に問われてしまうことはないのだろうか? 中村憲昭弁護士に聞いた。
●「詐欺罪」になる可能性がある
「今回のケースで問題となるのは、詐欺罪です。詐欺とは、人をだまして物や財産上の利益を得ることです。いわゆる『食い逃げ』は、この詐欺罪にあたります」
中村弁護士はこう説明する。
「店で食事を注文すれば、通常、代金を支払う意思があるとみなされます。最初から支払う意思がないのに、それを隠して注文すれば『だます』ことになり、その時点で詐欺罪になります」
では、後から「財布がない」ことに気づいた場合は、どうだろうか。
「それは話が別です。注文した時点では支払う意思があったのですから、その時点では詐欺罪は成立しません。
詐欺罪の場合、故意がなければ——言い換えると、『詐欺という犯罪』を犯す意思がなければ、成立しないのです」
財布を忘れた場合は、犯罪にならないから安心していいということ?
「いえ、注意しなければならない点はあります。食後、レジを通る際に、支払いを免れるために嘘をつけば、その時点で詐欺罪が成立します。人をだまして『代金支払いを免れる』という利益を得たことになるからです。
たとえば、『ちょっとトイレに行ってくる』とか『銀行からお金を下ろしてきます』と店員に伝え、そのまま立ち去れば、詐欺の実行行為になります」
●犯罪が成立しなくても、民事上の責任はある
ということは、結局、支払いをしなければ、必ず詐欺罪になる?
「非常に例外的なケースで、詐欺罪にならない場合もあります。それは食事を終えた後で財布を忘れたことに気づいたが、その後、誰にも会わずに店から立ち去ることができた場合です。
注文時には故意がないので、詐欺は成立しません。また、店を出る時点でも、人をだましていないので、詐欺の実行行為がないということになるのです」
それができれば、逃げ得になるということか?
「いいえ、逃げ得になると考えないほうがいいですね。食事をして代金を払わなければ、店から食い逃げだと疑われ、警察に通報されるかもしれません。
そうなれば、もし最終的に犯罪が成立しなくても、店や警察への弁明のために貴重な時間を費やすことになりますし、信用も失います。これはバカバカしいことです。
また、立ち去れたからといって、民事上の支払い義務が消えるわけではありません」
正直に店側に説明し、誠意をもって対応することが最善ということか。しかし、それ以前に財布を忘れることがないよう、日ごろから注意したいものだ。