「自分が持っていた大麻は、本当に法律で禁止された『大麻』なのか?」「なぜ、大麻を持っていただけで、刑罰を科されなければならないのか?」
大麻を所持していたとして、大麻取締法違反の疑いで逮捕・起訴された陶芸家の男性が、刑事裁判で「異例」の行動に出た。男性は、罪を認めるか否かを保留し、逆に裁判所に問いを投げかけ、法廷をざわつかせている。
なぜ、男性は、このような行動に出たのだろうか。
●奇しくも、8月8日「ハッパの日」に逮捕
裁判所に「問い」を投げかけたのは、「縄文」をテーマに焼き物をつくる陶芸家、大藪龍二郎さんだ。
縄文時代の土器には、縄の道具(縄文原体)が使われた形跡がある。大藪さんは15年以上かけて、この縄の道具の素材を研究。行き着いた答えは「大麻」(精麻)だった。実際に道具として使ってみると、使い勝手のよさや耐久性も感じられたという。
魅力を感じたのは「道具」としてだけではない。軽度のパニック障害がある大藪さんは、かつてイギリスで暮らしていたころ、まわりに勧められて大麻を喫煙し、症状が落ち着くことを実感した。イギリスでも大麻の所持は違法ではあるが、逮捕されることはなく、喫煙している人は珍しくなかった。
縄文原体(右)、大藪龍二郎さん(左上)、大藪さんの作品(左下)
事件が起きたのは2021年8月、陶芸イベントを終えた翌朝のことだ。
車内で寝ていた大藪さんは、警察官が窓を叩く音で目を覚ました。「路上に車が停まっている」との近隣住民の通報を受け、警察官が駆けつけたのだ。
その日、車内には大麻草があった。「不慣れな場所で寝られるか不安だったところ、たまたま入手する機会があった。吸う目的で持っていた」(大藪さん)
警察官に「車の中を調べさせて」といわれた大藪さんは、これに応じるしかなかった。車内から植物片がみつかると、すぐに簡易検査がおこなわれ、「大麻」と判断された。
こうして、大藪さんは「ハッパの日」とも読める2021年8月8日に現行犯逮捕された。その後、起訴され、ようやく保釈されたのは、逮捕から20日以上経過した同月30日のことだった。
●異例の「罪状認否」保留…法廷内、どよめく
起訴状には、「大麻を含有する植物片約3.149グラム」を所持したと書かれていた。
大麻を所持したことを認めれば、裁判を早く終わらせることはできる。しかし、大藪さんには、どうしても、それができない理由があった。
「ルールを破ったことは反省しています。しかし、私は植物片を持っていただけで、具体的な被害者はいません。正直なところ、逮捕・起訴され、さらなる刑罰を受けるほどの『重罪』なのか?という疑問があります。
私は、逮捕されてから23日間、自由を奪われたことで、十分に制裁を受けたと感じていますし、今も受け続けています。これだけの制裁、刑罰を科すほどのことならば、大麻草がどれだけ危険で社会的な害があるのかを具体的に示してほしいと思ったんです」
また、起訴状に書かれた「大麻」や「大麻を含有する」とは、どのような意味なのか?何をもって、大麻取締法が規制する「大麻」と鑑定しているのか?との疑問も抱いた。
なにより、大藪さんにとって、大麻草は「毎日触れる道具の素材」で、作品をつくるうえで「欠かせないもの」だ。だからこその「思い」もあった。
「大麻草は単なる道具ではなく、作品の魂に等しいものです。今回の裁判で、自身の信条に逆らい、簡単に『大麻草は悪いものです』と認めてしまえば、一生作品をつくることができなくなります」
大藪さんの作品。道具の素材に精麻を使う以上、「大麻は『悪いもの』と考えながら、作品を作りたくない」と語る。
そう考えた大藪さんは2021年10月26日、前橋地裁で開かれた第1回公判で、起訴状に書かれた罪状を認めるかどうか(罪状認否)について「保留したい」と発言した。罪状認否を保留するという極めて「異例」の事態に、法廷内ではどよめきが起きたという。
さらに、大藪さんは「大麻とは何かを明らかにしてほしい」「大麻が有害で危険であることを『公知の事実』とするのではなく、具体的に説明してほしい」などと訴え、これらが精査されたうえでの判決であれば従うとした。
大藪さんは、次のように「覚悟」を語る。
「裁判という場で、あえて問題提起することで、大麻を必要とするほかの人の役にも立ちたいと思っています。長い道のりになることは、もちろん覚悟のうえです」
●大麻取締法は「THC取締法」ではない
疑問を抱いているのは、大藪さんだけではない。法学者や法律家の間でも、現行の大麻取締法を疑問視する見解はみられる。
そもそも、1948年に制定された大麻取締法には、法律の目的を定める規定がない。また、所持罪の保護法益(法律によって保護される利益)とされる「国民の保健衛生上の危害の防止」の具体的な内容も不明瞭との指摘がある。
さらに、大麻草の成熟した茎や種子のみから抽出・製造された成分であるCBD(カンナビジオール)を含有する製品は市場に出回っている一方、同じ大麻成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)については、精神作用があるとして、厚生労働省などがその危険性を訴えている。
しかし、大麻取締法は「CBDは合法、THCは違法」というように、成分ごとの規制をおこなっているわけではない。大麻取締法1条には、次のように書かれている。
【大麻取締法1条】
この法律で「大麻」とは、大麻草(カンナビス・サティバ・エル)及びその製品をいう。ただし、大麻草の成熟した茎及びその製品(樹脂を除く。)並びに大麻草の種子及びその製品を除く。
大藪さんの弁護人をつとめる丸井英弘弁護士は「大麻取締法はTHC取締法ではない」と強調する。たしかに、条文には、THCのことは一言も書かれていない。
しかし、大藪さんは、簡易検査でTHCの反応が出たことを理由に、逮捕・起訴された可能性があるという。「大麻とは何か」という大藪さんの問いは、この条文と実際の鑑定結果のズレから生じている。
●弁護側の証拠はすべて「不同意」
大藪さんを支援するため、大麻に詳しい法律家や医師、作家が次々と立ち上がり、タッグを組んだ。弁護団は、大麻取締法違反事件を数多く手がけてきた丸井英弘弁護士と、刑事政策・犯罪学の研究者としても知られる石塚伸一弁護士の2人。
現時点で申請している弁護側証人は、厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課長の佐藤大作さん、国内外の大麻について著書を複数出版している作家の長吉秀夫さん、Green Zone Japan代表理事として医療大麻を中心とする情報を発信している正高佑志医師、刑事法学者としても知られる園田寿弁護士の4人だ。
ところが、検察側は、すべての証人を「異議あり」とした。また、弁護側が提出した「第24号証」までの文献や新聞記事などの証拠は、すべて「不同意」とされている。
証人・証拠の一覧(長吉秀夫さん提供)
現時点では、証人や証拠が「異議あり」「不同意」とされた理由については、明らかにされていない。
丸井弁護士は「大麻事件は、特に証拠が認められにくい傾向にある。このままでは、裁判が対話の場にならない。なぜ『同意』しなかったのかについて、明らかにするよう求めていく。新たな証拠や証人も申請する」と語る。
裁判段階のみではない。「公正」とはいえない状況は、捜査段階から始まっていたという。丸井弁護士は、そもそも、大藪さんへの職務質問自体が「警察官職務執行法の要件をみたしていない職権乱用の疑いがある」と指摘する。
●「公正な裁判を」署名活動始まる
大藪さんの友人でもあり、証人申請されている長吉さんは、公正中立な大麻裁判を求め、change.orgで署名活動change.org/FairCannabisを始めた。現時点で2300人を超える署名が集まっており、集めた署名はすべて裁判所に提出するとのことだ。
はたして、裁判所は大藪さんの問いに答えることができるのか。第2回公判は3月25日、前橋地裁で開かれる。