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<世田谷一家殺害事件>なぜ遺族は「テレ朝番組」の審理をBPOに申し立てたのか?
記者会見で、BPOへの申し立てについて説明する入江杏さん(左)

<世田谷一家殺害事件>なぜ遺族は「テレ朝番組」の審理をBPOに申し立てたのか?

東京都世田谷区で2000年12月に宮澤みきおさん一家4人が殺害された事件について、テレビ朝日が昨年末、その犯人像を推理する特別番組を放送した。その番組によって名誉などを侵害されたとして、被害者の遺族の入江杏さんが12月14日、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会に審理を申し立てた。入江さんは申し立て後、東京・霞が関の弁護士会館で記者会見を開き、「とても辛く、悲しく、メディアに寄せていた信頼が裏切られた」と語った。(文・写真/加藤順子)

●元FBIプロファイラーと被害者実姉が対談したが・・・

入江さんは、宮澤みきおさん(当時44歳)の妻・泰子さん(同41歳)の実姉で、事件当時は宮澤さん宅の隣に住んでいた。事件発覚の前夜も一家と談笑していたが、その翌朝、凄惨な現場を目の当たりにした。

今回、入江さんがBPOに審理を申し立てたのは、2014年12月28日にテレビ朝日系列で放送された『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』というタイトルの特別番組。テレビ朝日の警視庁担当記者が案内役となり、アメリカから来日した元FBIのプロファイラー、マーク・サファリック氏が、事件現場を訪れたり、当時の捜査関係者に話を聞いたり、CGのシミュレーションを見たりしながら、犯人像に迫っていくという内容だった。

番組の後半で、サファリック氏と入江さんが東京都内のホテルで面談するシーンが放送されたが、その映像の編集の仕方やテロップ、ナレーションに問題があったと、入江さんは指摘している。

番組の中で、サファリック氏は、犯人は宮澤さん夫婦の顔見知りであり、怨恨による凶行であるというプロファイルを示す。犯人像について「メンタル面で問題を抱えた者ではないかと考えている。みきおさんか泰子さんのどちらかが犯人の恨みを買った」と述べている。

それに対して、入江さんは「妹たちには恨まれている節はなかった。経済的なトラブル、金銭トラブル、男女関係なども一切なかった」と怨恨説を否定した。だが、そのあとに続くシーンに問題があったと、入江さんは主張している。

入江さんの発言のあと、サファリック氏が「みきおさん、もしくは泰子さんが、仕事上もしくはプライベートで、●●●へ行ったり、そのような接点は考えられますか?」と質問するシーンが流れた。ただ、「●●●」の部分は「プゥーッ」という規制音でかき消され、テロップも「重要な見解」という言葉に置き換えられていて、肝心の質問の中身がわからないようになっていた。

それに続いて、入江さんが「考えられないでもないですね」「推測では申し上げられませんけど、少なくとも、礼くんの発達障害を気にかけて・・・」と発言するシーンが流された。ただ、その発言は途中までしか放送されず、代わりに男性ナレーターの声で「具体的な発言のため放送を控えるが、入江さんには思い当たる節もあるという」という説明が付け加えられた。

また、サファリック氏と入江さんの問答のシーンの間、テレビ画面の右上にはずっと、「緊急来日サファリック顔見知り犯行説VS被害者実姉“心当たりある”」というテロップが表示されていた。

●元FBIの説に賛同したかのような「事実と異なる報道をされた」

このようなテレビ朝日の番組編集について、入江さんは、BPOへの申立書のなかで、次のような点が「放送上の被害」であるとしている。

(1)サファリック氏の発言によって、入江さんは犯人に心当たりがあることに気づかされ、「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説に賛同した」かのように、事実と異なる報道、公正を欠く放送をされた

(2)殺害された末っ子の礼君の発達障害に関連して、犯人の特定につながる具体的な発言を入江さんが行ったかのように事実と異なる報道、公正を欠く放送をされた

さらに、入江さんは、放送日当日の新聞のラテ欄に載った番組広告も問題視している。

(3)「○○を知らないか?『心当たりがある』遺体現場を見た姉証言」などと番組宣伝を行い、実際にはない発言を番組の目玉として放送した

入江さんの記者会見に同席した代理人の廣田智子弁護士は「88分のインタビューの中から抽出し、テレビ的な手法で『プゥーッ』という規制音を入れたり、コマーシャルで切って何度も印象づけたり、あえて『放送を控える』とすることで、あたかも重要なことを言ったかのようにしている」と、番組の演出方法に問題があると指摘した。

そのうえで、テレビ朝日の番組には、名誉権と自己決定権を侵害した問題と、言ってもいないことを言ったように放送した放送倫理上の問題の2点があると、BPOの審理を申し立てた理由を説明した。

入江さんは、遺族としての悲しみを生きる力に変えようと、犯罪・事故被害者遺族のグリーフケアの活動をおこなってきた。昨年11月にテレビ朝日側から番組制作への協力を依頼され、「自分の活動の背景にある遺族としての思いを伝えてもらえるのなら・・・」と承諾した。ところが、番組が放送されたのを見て、恣意的な編集に驚いたという。

放送直後にテレビ朝日に抗議し、謝罪を求めたが、「出演料を払う」と言われ、謝罪や訂正は拒否されたという。今年1月、番組制作者側と4回の面談をおこなったが、謝罪と訂正については言及がなかった。さらに代理人を立てて、4月から7月にかけて3回面談をおこなったが、テレビ朝日側の回答は「不適切な取材・編集は存しないものと認識している」という内容だったため、BPOへ申し立てることを決めたという。

入江さんは記者会見で、次のように語った。

「この番組では、あたかも障害を抱えた人に対して、私が偏見を持って犯人と考えているかのような人格として描かれ、自分が思い描く自己像とは正反対の人格が、巨大なメディアにより流布されてしまった。なんとか本来の自己像を取り戻すため、修正の放送をお願いしてきたが、何ら誠意を持った対応を得られず、拒絶された。とても辛く、悲しく、メディアに寄せていた信頼が裏切られた思いだ」

(弁護士ドットコムニュース)

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