40年超の経験を元に依頼者に寄り添い、解決の力に。公害などの社会問題から一般民事まで広く対応
日本を揺るがした公害訴訟が、弁護士を目指すきっかけに
――弁護士を目指したきっかけについて教えてください。
私は三重県桑名市の出身です。中学・高校時代は高度経済成長期で、各地で公害問題が表面化し、社会問題になっていました。桑名の隣の四日市市でも「四日市ぜんそく」が問題となり、住民が企業を相手取り集団訴訟を起こしていました。
私が四日市市の高校に通っている2年生のときに、原告側の勝訴が確定しました。毎日のように報道され注目を集めていた裁判で、私も関心を持っていたため、衝撃を受けたことを覚えています。
個々人の健康被害を公の場に出して、社会的背景を明らかにし、責任を追及する。これを裁判で実現していることが素晴らしく、ダイナミックな力を感じました。自分もこういった大きな社会問題に関わってみたいと思い、弁護士を志すようになりました。
――学生時代はどのように過ごされましたか。
私が学生だった70年代は、学生運動も落ち着き、個々人が学生のうちにやりたいことをやって、最低限の単位をとって卒業する…といった雰囲気の牧歌的な時代でした。
東京大学法学部に入学し、サークル活動を通じて川崎の地域に関わるようになりました。当初は地域の方々の法律相談に乗ることが主な活動でしたが、途中から京浜工業地帯の公害問題にも取り組むようになりました。患者の方のお話を聞いたり、市や国に対して救済を働きかける運動を行ったり、様々な活動をしていました。
その中で、川崎でも公害に対して集団訴訟を起こそうという機運が高まってきました。裁判の準備段階が学生時代で、その頃から川崎合同法律事務所の先生方と関わる機会が何度もありました。卒業して司法試験に合格し、修習を終えた後は「ぜひうちにおいで」と誘っていただいたことから、入所を決めました。
私が弁護士2年目のときに川崎公害裁判が始まりました。先輩弁護士が中心となり、私たち若手がそこについていくという形で、多くのことを学ばせてもらいました。
丁寧に案件と向き合い、解決の糸口を探る
――注力分野と、その分野に注力している理由を教えてください。
公害裁判のような大規模案件にも関わっていますが、さまざまな一般の民事事件の相談・依頼にも取り組んでいます。
その中でも交通事故は、弁護士になった当初から力を入れている分野です。修習生の時の実務実習は横浜地方裁判所の第六民事部で、交通事故専門の部署でした。4か月間さまざまな事件に触れ、裁判官ともディスカッションをする中で、興味を持つようになりました。
交通事故には「過失相殺」、すなわち被害者の過失分を加害者の負担すべき損害賠償額から差し引く、という考え方があります。これにより、被害にあったとしてもなけなしの賠償で泣き寝入りをしてしまう、というケースが非常に多かったのです。弁護士が入って事実や真相を丹念に洗い出すことで、被害者の救済につながるケースもあると知り、非常にやりがいを感じました。修習生時代からずっと力を入れて取り組んでいる分野です。
また、相続にも力を入れています。実は、10年目ぐらいまでの若手の頃は、「降って湧いた遺産をめぐって争うのはどうなんだろう」という気持ちがあり、あまり積極的に取り組みたいとは思わなかったんです。
あるとき身内で相続が起こり、非常に近しい場所から相続問題を見ることになりました。その結果、相続とはそれまでの親子関係や兄弟・姉妹の関係がすべて集約されて現れてくるものなんだ、お金の問題はそこまで大きくなくても感情が交錯するものなんだ、と初めて実感できました。
そういう観点で見ていると、なぜ依頼者が一生懸命になるのかも腑に落ちました。「どのように財産を分けるのか」は、ある意味その人の人生にも関わってくることなのだなと…。そのように共感できるようになって以来、相続案件にも本腰を入れて取り組むようになりました。
――仕事をするにあたり、心がけていることを教えてください。
民事事件には、双方に当事者がいます。その双方が折り合わないから紛争になっているわけですが、依頼者の話を聞いていると「この紛争をどう解決したいのか」「何を望んでいるのか」がだんだんわかってきます。その中でなるほどと思える、共感できるポイントをいかに探していくかが重要だと思っています。
まずは事実をきちんと明らかにし、依頼者の話をよく聞くこと。事件が起きた現場にちゃんと行ってみること。丁寧に案件に向き合っていくと、その案件の「顔」ともいえる事実がクローズアップされてきて、解決の糸口が見えてくるのです。
現場での丹念な調査が解決のカギとなった交通事故案件
――弁護士として活動してきた中で、印象的だったエピソードがあれば教えてください。
以前相談を受けた方とたまたま連絡を取ったときに、息子さんがバイクの事故で亡くなったと知りました。深夜にバイクで大型トラックの後部に突っ込んだとのことで、親御さんは「息子のしたことは自殺行為だから」と諦めていました。私はもう少し詳しく話を聞かせてほしいと、事故現場の話、事故が起きたときの状況などを聞き取りました。
話を聞いた後、まず昼間に現場に足を運んでみました。コンビニの脇に何台も大型トラックが路上駐車しており、「路上駐車は危険なのでやめてください」という立札も立っていました。
事故処理を担当した刑事にも聞き取りをしたところ、目撃者がおり、その証言によると大型トラックの運転手が路上駐車をして、コンビニに買い物に入っていた後にバイクが衝突したというのです。
それで、今度は親御さんにも同行してもらい、事故が起きた深夜2時に現場に行ってみました。すると周辺がかなり暗く、バイクのライトで照らしても直前になるまで大型トラックが路上駐車をしていることに気づかないだろうとわかりました。
追突事故は通常は追突した方が過失100%ですが、一つひとつ事情をあぶり出していく中で、こちらの過失は8割、先方が2割ぐらいまでいけそうだという見通しが立ちました。保険会社との交渉を行い、結果としてかなりの額の賠償額が支払われることになりました。
親御さんたちも、事件に向き合うにつれて、息子さんは事情があって不慮の事故に遭ったんだと見方が変わっていきました。事故の全体像がわかり、賠償も受けられて、非常に喜んでくださったことが印象に残っています。
自分だけで解決しようとせず、ぜひご相談ください

――プライベートについてもお伺いします。休日の過ごし方やご趣味を教えてください。
まず一つは、鉄道写真です。ローカル線の駅で降り、いいポイントを探して待ち構えて、何時間に1本かしかない列車を撮影しています。私は車の免許を持っていないので、10キロくらい歩き回ることもあります。撮影した写真は大きく引き伸ばして事務所の入口にも飾らせてもらっています。春夏秋冬で展示を変えているんですよ。
もう一つは野球です。中学時代まではやっていたのですが、そのあとはやめていて、子どもの少年野球の手が離れた40歳ごろから再開しました。弁護士会の野球チームに入って、今もピッチャーとして現役で投げています。20〜30代の人たちと一緒に体を動かすのは、いいリフレッシュになっています。
――今後の展望を教えてください。
そろそろ70歳に差し掛かりますが、まだ体は元気です。社会問題としては大気汚染による公害、アスベストの被害、多摩川の水害に対する訴訟の弁護団長を担当していますので、なんとか解決に導いていきたいと思っています。
一般民事の案件でも、さまざまな分野における経験が積み重なり、私の大きな財産となっています。1人でも多くの方の力になれるよう、引き続き日々の業務に邁進したいと思います。
――最後に、法律トラブルを抱えて悩んでいる方へのメッセージをお願いします。
困ったことがあったら、何も判断せず困ったままでいいので、できるだけ早めに専門家に相談していただきたいです。自分で判断して動くよりも、困りごとをそのまま専門家に伝えていただくことで、問題解決の糸口が見えることもあります。その際は包み隠さず、ご自分にとって有利なことも不利なこともお話しいただけるとありがたいです。
「問題をどのように解決していきたいか」という希望を伝えてもらいながら、ときには議論をすることもあります。その中で私と依頼者の方の理解が進むこともあり、必要なプロセスだと考えています。弁護士に相談する、と身構えず、法律に詳しい人に悩みを話すような気軽さで相談していただければと思っています。