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2018年01月20日 07時36分

患者第一ならルール無視していい? 医師であり弁護士、「医療法学」大磯教授が直面した両者の違い

患者第一ならルール無視していい? 医師であり弁護士、「医療法学」大磯教授が直面した両者の違い
浜松医科大学医学部教授・大磯義一郎氏

医療事故などを理由に、患者が病院や医師を訴える民事の「医療訴訟」。その件数は、1000件を超えた2004年をピークに減少したものの、この数年、再び増加傾向にあり、年間800〜900件で推移している。

浜松医科大学医学部教授の大磯義一郎氏は、医療事故が相次ぎ、「医療安全元年」とも言われる1999年に、医師として働き始めた。その当時、病院内では「訴えてやる」という暴言が飛び交い、医療不信を肌で感じていたという。

その大磯氏は今、医師と弁護士の2つの資格を持ち、医療と法律をつなぐ「医療法学」を専門にする。「医療事故調査制度」の策定に関わったほか、「法律のリテラシーを持つ医学生」を育てている。「医師と法律家の考え方があまりに違う」と指摘する大磯氏は、医療行政には「科学に基づいた議論」が必要だと訴える。(フリーライター・片田直久)

●病院内であふれるようになった「訴えてやる」

「医師のキャリアとしては普通だと思っているんです。僕はね」

自身がダブルライセンス(医師・弁護士)であることをこう表現した。大磯氏の持論である。

「医学部を卒業後、国家試験にパスして、卒後研修を受ける。臨床がそれなりにできるようになったら、大学院に行き、専門性を高めて、臨床と教育に携わる。僕の場合は大学院に行かずに、法科大学院に行っただけで。もっと言えば、大学院を終えて留学する期間に司法修習をやっていたと(笑)。簡単に言えば、そういうことです」

大磯氏が医学の世界から法学へと足を踏み入れることになったのは、「時勢」が大きく関わっていた。日本医科大学を卒業し、同付属病院第三内科に入局した1999年は『医療安全元年』と呼ばれる。この年、医療事故が各地で相次いだからだ。

▽1月「横浜市大患者取り違え事故」(横浜市立大学医学部附属病院で2人の患者を取り違えて手術)

▽2月「都立広尾病院事件」(東京都立広尾病院で手術を終えた58歳女性に対し、抗生剤点滴終了後、消毒液を血液凝固阻止剤と取り違えて点滴。死亡)

▽7月「杏林大病院割りばし死事件」(綿菓子を食べていた男児が転倒、割り箸で喉を深く突き刺し、杏林大学医学部付属病院高度救命救急センターを受診後死亡)

報道は過熱。「医師叩き」「医療機関叩き」にひた走る。人々の医療不信はみるみる増大していった。

「この年、夏ぐらいになると、連日、ワイドショーで『医者は悪い』『とんでもない』と医療バッシングが続きました。そうすると、患者さんもだんだん変わってくる。『何だお前、研修医か。医者呼んでこい』『訴えてやる』『出るところへ出てもいいんだぞ』ーー。そんな言葉が病院内で日常的にあふれていたんです」

●ロースクールで直面した偏見

そんな状況の中、大磯氏が働く近辺で決定的な出来事が起こる。

「僕の同級生、大学時代の友達が医療事故で警察沙汰に巻き込まれまして。25〜26歳という年齢で人生を棒に振るさまを間近で見ることになった。さすがに『これは行き過ぎだ』と感じました。医局の隅で文句を言ってるくらいなら、資格を取って土俵に乗る方が世の中をまともにするために役立つんじゃないかと」

病理学の大学院に進学しようかと考えている時期だった。だが、医局内の人事に伴う諸事情でこの話が頓挫してしまう。大磯氏は早稲田大学大学院法務研究科に進んだ。

「ロースクールの授業で今でも忘れられない思い出があります。ある講師が『医者はろくでもない』『患者のことを思っていない』と話していた。僕は反論しました。『そうじゃないでしょう。特に救急医療の現場などでは、家族のこともかえりみず、医師が気持ち一つで支えている。そんなふうに石を投げてはいけない』と。

そしたら、法学部を出たての女子院生が『ふんっ、そんなの嘘だ』と吐き捨てるように言ったんです。『何を根拠にこの子はそこまで言い切れるんだろう』と思った。当時の空気はそんなものでした」

●「医療メディエーション」との出会い

早大大学院法務研究科では運命的な出会いが待ち受けていた。

「今、一緒に活動している和田仁孝教授が『医療メディエーション(対話仲介)をやろう』と話されているのを聞いて。これには本当に感銘を受けました。『法学の世界にもこんなふうにやろうとしている人がいるんだな』と」

大磯氏は確かに弁護士を目指していた。だが、個別の事件を解決することで生計を立てようと考えていたわけではない。

「大学に戻るなり、立法や行政に関わるなり、マクロの仕事がしたかった。システムをよりよい方向へ動かす役割です。99年当時、医療界が叩かれる理由はあった。改善すべき点は確かにありました。

当時、医療現場では『火事場なんだから、何をやってもいい』という考えが過剰だった。それでは単なるカオスです。日本は『黒船』が来ないと、動かない社会。強い力で殴られないと、何も変わらない。医療も叩かれたけど、その後は前向きな議論で進めていけばいい。ただ、弁護士の職業柄なのか、今だに医師叩きを続けている人もいます」

●「医師と法律家の考え方があまりに違う」

2009年に弁護士登録後、司法修習を経て国立がんセンター(現国立がん研究センター)がん対策情報センター知的財産管理官、研修専門官に就任。2011年には帝京大学医療情報システム研究センター客員准教授となり、講義を受け持つ。12年から現職。「法律のリテラシーを持つ医学生」を育てている。

「ロースクールで学んでつくづく思ったのは、医師と法律家の考え方があまりに違うということ。『どちらの考え方も大事。だけど、どちらかが絶対的に正しいわけではない』──これがポイントです」

医師の仕事は「沈みかけている船を何とかする」「火が出て燃えている家を何とかする」ようなものだとしばしば言われる。

「だから、医療現場で事前の手続きを重くして、ルール厳守を至上命題にすると、患者さんを助けられない。船は沈むし、家は燃えるわけです。医師はあくまで『患者第一』。目の前にいる人を生かすためなら、ある意味で『ルール無視』に踏み切らなければならないこともある」

一方、弁護士はどうか。

「弁護士の講演でよく出てくるフレーズに『これをしておけば、後で何かあったときに安心です』というのがあります。弁護士の仕事は『後で何かあったときのため』にある。事前の手続きを重くしていく傾向が強いのはそのためです」

どちらが正しい、間違っているという話ではない。あくまで立場の違いだ。

「適正なルールづくりのためには、両者の中間点を探していく作業が必要です。でも、その専門家が誰一人いなかった。僕が研究者になった理由はそこにあります」

●医療法学は「白地のキャンバスに近い」

医学の研究領域には「基礎医学」と「臨床医学」「社会医学」の3つがある。基礎医学は解剖、生理学、生化学など。医学部では普通、2年次〜3年次に教わります。臨床医学は内科や外科に始まる患者さんに診断・治療を行う分野。社会医学は公衆衛生(地域全体の健康への脅威を扱う)や法医学(医学を基に法律的に重要な事実関係の鑑定・解釈を行う)が含まれる。

「基礎や臨床は何百時間とやるのに、社会医学はトータルで30〜45コマしか扱わない。これまで、ほとんどまともにやってきていないんです」

社会医学に手が回っていないのは、専門家がいないからだ。大磯氏は公衆衛生の中に「医療法学」という領域を作った。

「誰も手を付けていないという意味では、白地のキャンバスに近い。医療現場は国民皆保険制度の下で動いています。その範囲内でできることを、法律の条文を読みながら体系的に整理し、規範として形成していきたい。

メインは医師法や医療法に始まって、健康保険法、薬事法、精神保健福祉法、介護法、予防接種法も含めた、医療関連法規全般。その中で民事や刑事の問題があり、周辺領域に医療倫理や医療安全があるイメージです」

●「科学に基づいた議論を」

大磯教授の取り組みの1つが、2015年からスタートした「医療事故調査制度」。医療事故が発生した医療機関で院内調査を行い、その調査報告を民間の第三者機関(医療事故調査・支援センター)が収集・分析。再発防止につなげるのが狙いだ。大磯氏は厚生労働省の「医療事故調査制度の施行に係る検討会」の一員として、制度作りに関わった。

「医療行政全般について言えるのは、『科学に基づいた議論』をすべきだということです。患者さんの命を預かる領域なので、正しい政策決定をしなければならない。正しさとは何か。科学的手法で証明されていることです。サイエンスやエビデンス(科学的根拠)に裏打ちされた政策決定をしなければならない。

にもかかわらず、ここ10数年、『利害調整型』が幅を利かせています。一つの課題について利害関係者と学識経験者を一堂に集め、落としどころを決める。典型例が予防接種です。利害調整型で決めたせいで、厚労省は未だに子宮頸がんのHPV(ヒトパピローマウィルス)ワクチンを推奨を再開できずにいる」

●今後の目標は「後進の育成」

この構図は医療事故調査にも通じる。

「医療事故調査については、手法は世界的に決まっています。議論の余地はない。でも、僕も参加した検討会では利害調整型の議論が行われた。一部の利害関係者が『医療事故調査・支援センター(日本医療安全調査機構)の内部に入り込み、利益のために動いている。

その結果、報道にもあったように、調査報告書が刑事訴追の証拠に使われてしまう。これでは医療現場の安全が壊れるだけです。何とかして制度に対する信頼性をもっと上げていかなければならない。調査報告をすれば、現場に還元されてプラスになると医療者が信頼できる制度になってほしい」

医療法学に対するニーズは高い。教員さえ確保できれば、講座を作りたいと考える大学はたくさんある。大磯氏の課題は「後進の育成」だという。古来、西欧社会では弁護士、医師、宗教家を「プロフェッション」と呼んだ。「人のために尽くすよう天地神明に誓うことが求められる専門職」という意味だ。

【取材協力】

大磯義一郎氏。国立大学法人浜松医科大学医学部「医療法学」教授。日本医科大学医療管理学。帝京大学医療情報システム研究センター。稲門医学会副会長。日本医学教育学会プロフェッショナリズム・行動科学委員会。法務博士(早稲田大学)。専門分野は医療法学、法学。研究テーマは医療関連法規、医療紛争、医療訴訟、知的財産関連法規。ピアサポートシステム導入支援を柱とする一般社団法人「Heals」の設立にも参画。

【ライタープロフィール】

片田直久:1968年宮崎県日向市生まれ。出版社勤務を経て、現職。医療を中心に政治、芸能、地域とその周辺を取材。師にならい、「首輪のない猟犬」を標榜。「その人の歌わなかった歌」を聴き綴る日々。著書に『タモリ伝』(コア新書)。

(弁護士ドットコムニュース)

この記事へのコメント

ガン治療医 40代 男性

科学が正しいと言い切れるのか?
科学的根拠に基づけば、患者を幸せにできるのだという立場が医者の正義だと考えているならば、それは、まだ医者としての人格が出来上がっていないと感じる。

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希望の星 60代以上 男性

科学とは、人間が創出した、この3次元の世界における、論理的に自然界を説明できる一つの手段として、体系化されたものです。正しいとか、間違ってるとかの判断基準委は使用できますが、この世には、絶対に正しいとか、あやまってるとかは科学ではんだんすべきものではなく、応用として、一応の判断のきじゅんいなる。時代が過ぎ、過去に正しいと思っていたことは、正しくなくなることは、よくあること。参考としてしようし、case by caseで総合的に判断していくしかない。統計で危険はこのくらいの率で起こりますよと、判断されて、学問的にはそうであっても、危険な副作用にあえば、そも人には、100%と感じる。ある幅を持って、よいか、悪いかは判断せねばならない。絶対なものはないですね。学問の世界にも、と思います。

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まる 60代以上 女性

あなたの話はいつも医師の技量を上げていこうという話にはならないんですね。医師の中にも国家試験持ってるだけで何も勉強せずに医療事故を起こす者も少なからずいるということを理解してください。そういう医師をただ擁護しているようにしか聞こえないのは私だけなのでしょうか。医療法学とは医者を弁護することが専門なんですか?一歩引いて俯瞰的に見てみると医師側に問題があることも多いのですよ。そういう視点から語る必要もたまにはあると思います。そうでなければあなたの言うことは一方的で信用できません。

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