2020年東京オリンピックの大会エンブレムをめぐり盗用疑惑などが指摘された問題で、大会組織委員会は9月1日、アートディレクターの佐野研二郎氏が制作したエンブレムの使用を中止し、新たなエンブレムを制作することを発表した。
佐野氏から「原作者として取り下げたい」という申し出を受け、組織委が決定した。決定を受けて、佐野氏はホームページ上でコメントを発表。現在の心境について、「人間として耐えられない限界状況」と打ち明ける一方で、「模倣や盗作は断じてしていない」と改めて訴えた。
一連の騒動を、著作権の問題に取り組む弁護士はどう見ているのだろうか。齋藤理央弁護士に聞いた。
●「本丸」エンブレムに至るまでの「城の土台」がもろかった
「これだけ騒ぎが大きくなってしまった以上、この段階でのエンブレム使用中止もやむを得ないと思います。個人的には、五輪エンブレムの問題というよりも、エンブレムの問題をきっかけに浮上したトートバックや展開図など周辺の著作権の問題で、エンブレムも取り下げざるを得なくなったという印象を受けています。
『本丸』のエンブレムよりも、本丸に至るまでの『城の土台』があまりに脆く、本丸に至る前の砲撃で城が土台から崩壊して、白旗を挙げざるを得なくなったイメージです。こうした周辺の問題がなければ、今回のエンブレムも、取り下げまでは至らなかった可能性もあったと思います。
個人的には、エンブレムに関しては、盗用がなかった可能性も現時点で十分残っていると考えています。ラフスケッチなど、構想段階の資料が出てこないのは不思議ですが、先日公開された原案から最終稿に至る過程は、確かにデザインが練り上げられていっている印象も受け、一定の説得力を感じるものでした。
反面、周辺の問題でエンブレムに対する公共の信用を害した佐野氏の責任は、否定できないと思われます。特に今回は国際的に注目されるオリンピックでエンブレム撤回という事態に陥ったわけですから、新しいエンブレムでオリンピックを開催しても、エンブレムが目につくたびに、今回の問題を思い出してしまう人もいるのではないでしょうか」
●盗用が明らかになれば、民事・刑事両面から大きな法的責任
では、佐野氏の法的責任については、どうみているだろうか。
「今回のエンブレム問題に焦点を当てて述べると、佐野氏がエンブレムのデザインを盗用したかどうかは、まだ明らかではありません。あくまでオリンピックに対する悪影響を考慮した自主的な取り下げの段階ですから、法的責任も、現時点では限定的なものにとどまる可能性が高いと思います。
仮にエンブレムの盗用が明らかになれば、著作権侵害、債務不履行責任、不法行為責任等に基づいて、民事・刑事両面から関係各所にかなり大きな法的責任を負う可能性があると思います。しかし、直接的なエンブレムの盗用が明らかになっていない現段階では、佐野氏や組織委員会が関係各所に負う法的責任は限定的に考えざるを得ないのではないでしょうか」
なぜ、限定的といえるのだろうか。
「たとえば、エンブレムを盗用したのであれば、盗用が露見したときにエンブレムを使用している企業のイメージ低下を招くことは通常であり、佐野氏においても容易に想定できます。
しかし、エンブレムとまったく関係のないトートバックに写真等を無断流用したことで、将来においてオリンピックのエンブレムに対する市民の不信感を引き起こす起爆剤になり、結果的にエンブレムを使用した企業のイメージを損なうという流れについては、予想できたと判断される可能性は高くないと思います。
エンブレムそのものではなく、あくまでエンブレムの印象を確かめるための資料だった展開図にしても然りです。したがって、直接エンブレムを盗用していることが明らかにならない限り、関係企業などに佐野氏や組織委が負う損害賠償責任などは限定的なものにとどまるのではないでしょうか」
●クリエイターに法教育を
「今回のオリンピックエンブレム問題からは、様々な問題点を感じ取ることができると思います。たとえば、エンブレムの選考過程や選考方法について問題点を指摘する声もあります。
仲間内だから問題になることはないという安易な認識から、展開図の写真流用などにつながった可能性もあるのかもしれません。新しいエンブレムは、一般からの公募も考えてみたいという会見のやりとりもありましたが、素晴らしいことだと思います。もし一般公募もするということであれば、応募してみると良い記念になるかもしれないですね。
また、トートバックの写真流用などの問題については、コンプライアンス意識を初めとする基礎的な法的教育が現場に与えられていたのか、検討する視点も必要だと思います。個人的には、普段の相談なども通して、モノをつくる現場に、コンプライアンス意識を含めて、法的知識がより浸透していくべき必要性を感じています。
クリエイターやデザイナーの方、あるいはクリエイターやデザイナーを目指している学生の方などが、もっと法的な教育に触れる機会があれば良いんだろうなと感じています。自身が権利を侵害してしまうことを防ぐ場合もそうですし、自身の権利が侵害された場合に迅速かつ適切に対応することにもつながります。そういう活動には、ぜひ積極的に協力していきたいと考えています」