「過労死等防止対策推進シンポジウム」(主催・厚生労働省)が11月6日、東京都千代田区のイイノホールで開かれ、早稲田大の黒田祥子教授(労働経済学)が、長時間労働の一因に「おもてなしの過当競争」をあげた。
黒田教授は、海外勤務の経験者に聞き取り調査をしたことがある。そこから見えてきたのは、日本のグローバル企業が「きめ細やかなおもてなし」や「丁寧さ」を日本の強み、付加価値だと位置付けているということだった。
しかし、丁寧な対応には、ある程度の長時間労働が避けられない。その結果として、「おもてなしの過当競争」が起こり、割の合わない長時間労働が生じているという。
「おもてなし」に価値が置かれ、過度なサービスが求められるようになると、長時間労働に舵を切る会社が次々に出てくる。残業しない会社は客を確保できずに損してしまうため、全体の労働時間が長くなっていく。
「24時間対応サービスやお急ぎ便など、2000年代の初め以降、個別の企業が自社の利益を最大化するために長時間労働を行なってきた。多くの企業が同じ戦略を取ったが、長時間労働でおもてなしをするのは自社だけではないから、お客さんは増えない。これがずっと繰り返されて、長時間労働社会ができてきた」(黒田教授)
黒田教授の研究によると、欧州で勤務する日本人の現地での働き方は、日本にいた頃より労働時間が短く、有給休暇の取得率も高い傾向があるそうだ。
現地での労働を通じ、日本式の働き方の「無駄」に気づく人も多いが、「職場が変わると元に戻ってしまう」「自分の意識は変わっても人の意識は変えられない」として、日本の職場環境の改善には貢献できていない状況があるという。
●「コスト削減」で労働時間だけを削ると逆効果の可能性も
2019年から年720時間(休日除く)を上限とする罰則付き残業規制などを含む「働き方改革関連法」が施行される。長時間労働から降りられないなら、罰則をつけて歯止めをかけるしかない。黒田教授はこれを「時間のカルテル」と表現する。
「上限時間があまりにも高い値で設定されているという声もある。私自身も個人的にはそう考える部分もありますが、法改正はまず第一歩。実現困難な数字を設定しても、せっかく作った法律が形骸化するリスクがあります。順を追って、上限を下げていくことが重要だと考えています」
一方で、現状は分母(労働時間)を減らすという「コスト削減」に考え方が偏りがちでもある。分子(付加価値総額)を変えないとなると、労働密度の上昇で健康を害したり、サービス残業が増えたりといったひずみが生まれてしまう。
難しい課題ではあるが、今後は分子の性質をどうするかがポイントになりそうだ。具体的には、業務スクラップや生産性が上がる働き方の実現などについての検討が必要になるだろう。
一方で、働き方が柔軟になればなるほど、発注も柔軟になる。黒田教授は、欧米の「つながらない権利」のように仕事とプライバシーの境界などについて、今以上に考えていく必要があると指摘する。
「せっかく一歩進んだわけですから、継続性を考えながら働き方改革を進めていくことが大事だと思います」(黒田教授)
黒田教授はこのほか、さまざまな研究結果を示しながら、働き方と健康の関係、健康と生産性の関係なども示していた。
11月は過労死等防止対策推進法に基づく「過労死等防止啓発月間」。同様のシンポジウムが各都道府県で開かれている。