東京新聞が7月23日付朝刊でスクープした、労働基準監督署内での大幅な配置転換計画。「働き方改革関連法」が2019年から順次適用されるのを受け、労災担当者の多くを企業の監督・指導に回すという。
報道を受け、労働行政の現場は大いに色めき立ったが、2カ月ほどたっても他紙の後追い報道はなく、厚労省も「そういう話はない」と否定する。具体的な数字が出ているだけに、根も葉もない話と斬って捨てることもできず、情報のなさに職員たちの不安が募っている。(編集部・園田昌也)
●労災担当の職員3割減?
東京新聞の報道は、2020年度を目標に企業を監督・指導する「監督部署」と「労災担当」の割合を大幅に見直すというもの。具体的には、労災担当職員を2017年度の1966人から約600人減らし、監督職員を1929人から2500人に増員することを検討しているという。
しかし、いきなり人員を3分の1に減らされた部署が適切に機能するのだろうか。もし実施されれば、労災認定業務の遅滞は必至だ。
一方、仮に監督職員が増えても対応できる件数には限りがある。2016年の「労働基準監督年報」によると、年間の監督件数は16万9623件。監督職員1人が扱えるのは年100件程度で、100人単位で増やしても、すべての企業をくわしくチェックできるわけではない。
そもそも、今回の働き方改革にしても、電通の高橋まつりさんらの過労死認定が世論を動かした部分が少なくない。労働行政に携わるある職員は「労災は社会問題への入り口。それを閉ざそうとしているのではないか」と懸念する。
●10年前の「新人事制度」…すでに「労災のスペシャリスト」は採用していない
もしも、労災分野が縮小されたらどうなるのか。現場からは、専門的スキルの継承の点からも不安の声があがる。
従来、労働基準行政は(1)企業を監督・指導する「労働基準監督官」、(2)労働災害の防止に取り組む「技官」、(3)労災認定の「事務官」の3者がかかわってきた。
しかし、2008年に「新人事制度」が採用され、技官と事務官の採用がストップした。代わりに、監督官が定期的に配置転換され、労働安全や労災の分野の仕事も兼ねるようになった。
「総合力」や「ゼネラリスト(万能選手)」と言えば聞こえは良いが、これまで技官や事務官という「スペシャリスト」が数十年かけて身につけてきた技能を、監督官が短期間で身に付けるのは難しい。
たとえば、労災の事務官は、経験を積み重ねながら、当事者の証言などが不十分な場合でも、現場の調査から労働実態に迫り、適切に認定する能力を身に付けてきた。こうした技能が継承されなければ、労働者の権利保障も後退しかねない。
実際、労働問題を扱う弁護士からは、ここ数年、労災認定が遅くなる傾向にあるとの指摘が出ている。今後、労災分野を大幅に削るとすれば、技術の継承はより困難になってしまうだろう。
●現場が警戒する「民間委託」の議論
厚労省によると、労基署にいる監督官の数は、2014年の2889人から2018年は2991人と約100人増えている。しかし、労基署全体の定員数は、2014年の4894人から2018年は4856人と減っている。
内訳が非公表のため、正確な分析はできないが、技官や事務官の採用が止まっていることを考慮すれば、現場の人員は見た目の数字ほど増えてはいない。
現場の人手不足を受け、政府は今年7月から、労使の36協定の提出状況のチェックなどを民間委託している。ただし、監督業務自体の民間委託は、癒着の恐れなどからILO(国際労働機関)条約違反の可能性が指摘されている。専門性が問われる点からも、現場は民間委託への懸念は大きい。
一方で、政府の「規制改革会議タスクフォース」では、臨検業務まで委託化する意見もあった。現場では、大規模配置転換という今回の東京新聞報道を受け、労災部門についても今後、民間委託が導入され、国民の権利を保障する行政の後退を招くのではないかとの警戒が広がっている。