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同一労働同一賃金で正規の待遇悪化は「あってはならない」 労働弁護士が語る本質論
嶋﨑量弁護士(提供写真)

同一労働同一賃金で正規の待遇悪化は「あってはならない」 労働弁護士が語る本質論

同じ会社で働く正規雇用(正社員)と非正規雇用労働者の不合理な待遇差の解消を目指して、政府が推進している「同一労働同一賃金」に関連して、注目すべき動きが出ている。

今年1月、日本郵政グループが、正規雇用の有給の夏季冬季休暇を減らす内容を含む見直しを労組に提案していると朝日新聞が報じた。日本郵政グループ労働組合(JP労組)は弁護士ドットコムニュースの取材に対し「労働条件の不利益変更にあたるため、労組として反対し継続協議している」と回答した。

この見直しは、政府の同一労働同一賃金ガイドラインではなく、2020年10月の最高裁判決で、正規と非正規との間の不合理な労働条件の禁止を定めた旧労働契約法20条に基づいて、待遇に「不合理な格差がある」と認定されたことを受けたものだ。

正規と非正規の格差があるなら、正規の待遇を下げる、というやり方になるが、今後、「同一労働同一賃金」の名のもとに、他の企業でも非正規と正規の待遇格差を縮めるために、正規の待遇を下げようとする事例が増える可能性がある。

日本労働弁護団常任幹事で、労働者側の弁護士として活動する嶋﨑量弁護士は、正社員の手当切り下げの動きについて「労働組合は待遇切り下げに同意してはなりません。非正規の待遇改善が制度の趣旨なので、正規の待遇悪化はあってはならないこと」と警告する。このような動向の問題点について詳しく聞いた。(ライター・国分瑠衣子)

●「同一労働同一賃金」は政治的アピールで誤解を招く表現

ーー日本における「同一労働同一賃金」をどう捉えていますか。

まず知ってほしいのが、「同一労働同一賃金」は、非常に誤解を招く言葉だということです。同一労働同一賃金という言葉は法令には出てきません。

「同一労働同一賃金」という言葉は、安倍政権が政治的アピールとして使いました。もともと民主党政権の時の2012年、労働契約法が改正され、有期労働契約が5年を超えて更新された場合は無期労働契約に転換できる無期転換ルール(18条)と同時に、有期労働契約の不合理な格差是正(20条)などが盛り込まれました。労契法20条はその後、「働き方改革関連法」においてバージョンアップされて、パートタイム・有期雇用労働法の8条、9条に変わりました。

この法律は非正規の待遇を改善するためです。ですが「非正規雇用の待遇改善をします」とアピールしても政治的に目新しさが何もない。だから安倍政権は「同一労働同一賃金」とうたったのでしょう。政策としてインパクトがある表現を用いることを全否定はしませんが、多くの人に誤解を与える部分もあります。

――日本郵政グループが正社員の夏季冬季休暇を減らす提案をしました。正社員にとっては不利益な変更です。今後、非正規との待遇格差を縮めるために正社員の手当を廃止する企業が出てくるのではないでしょうか。また、基本給や賞与への影響はありますか。

個別の案件によりますが、原則として労働者の同意がなかったら手当の「廃止」はできません。労働条件の不利益変更にあたります。労働組合があるなら、会社の提案に同意しなければいいのです。

多くの企業で正社員にのみ支給されている手当を廃止する動きが出ています。最高裁判例で手当をめぐり、非正規との格差是正に関して会社が敗訴した流れを受けての動向です。ですが、正社員への手当廃止で非正規との格差を不透明にしても、非正規の待遇を改善しようという法の本来の趣旨は実現されませんので、あってはならないことです。

このような提案をする企業は、自社で働いている労働者の生活基盤を安定させることを通して、日本社会に対して貢献しようという気概がないのか、と思います。

働き方改革関連法が成立した際の参議院附帯決議32条でも、「同一労賃は非正規雇用労働者の待遇改善によって実現すべき」であるとされています。また、政府の「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」で、東京大学の水町勇一郎教授は「不利益を受けている人の待遇を引き上げて対応しなければならず、有利な取り扱いを受けている人の待遇を引き下げて対応することは許されない」と述べていました。

「同一労働同一賃金」と呼ばれるこの制度は、正社員の待遇切り下げで格差を無くすことを想定していないのです。手当ではなく、正社員の基本給や賞与引き下げで対応するのも、同様に問題です。

画像タイトル 日本郵便の本社

●会社側の「賃金原資に限界があるから仕方ない」論はおかしい

ーー正社員の待遇を下げずに非正規雇用労働者の待遇改善を実現できる策はあるのでしょうか。

労働組合はもちろんのこと、岸田首相でさえ経済界に対して賃上げを要請しています。シンプルに、非正規労働者の待遇を上げればよいのです。結果として、現在よりも労働分配率を引き上げることにつながるでしょう。

企業側は賃上げできない理由として「賃金原資が限られている」などと言いますが、企業側が人件費の原資を増やせないことを前提に考える発想自体が誤りです。中長期的に上がり続けている役員報酬や株主配当の見直しにより、岸田総理が言及する、人件費への原資を増やす努力をすべきでしょう。

もちろんコロナ禍で業績が下がり、本当に原資がない、苦しい会社もあるので個別の労使関係にもよりますが、待遇が上がらないと非正規雇用労働者は辞めますし、人材が定着しないことで採用コストがかさみます。待遇格差からくる一体感の欠如も懸念されます。

企業も労組も、頑張って賃金を引き上げることで中長期的には企業の業績が上がるということを念頭に、賃金交渉に向き合うべきです。

――労働組合は正社員の加入が多く、非正規雇用労働者の声が届きにくいという懸念はないでしょうか。

組合は正社員だけで組織されているから非正規の声が通りにくいと言われますが、世間の漠然としたイメージで語られるほど、非正規労働者が組織化されていないわけではありません。たとえば連合には110万人の非正規雇用労働者がいます。労組=正社員というのはあまりにも安直です。

ただ、正社員を中心に労使交渉する組合が多いのも否定できない現実かもしれません。労働組合の側からすると、非正規雇用労働者の皆さんに労働組合に加入して貰うのに苦心している現実もあります。非正規雇用労働者が組織に加入できるよう、政府も積極的な政策誘導が必要です。

非正規雇用労働者は、契約更新の打ち切りなど、雇用を切られるリスクがあるので、労働組合に入ることも、労働組合に入らずに労使間でのコミュニケーションで自身の意見を言うことも難しい現実があります。非正規労働者が労使交渉の場に入れるよう、国が政策誘導すべきです。

国は使用者側である経済界に多くの補助金を出していますが、労働界への援助は同じようにはありません。使用者側だけでなく、労働者側が労働組合に加入して大きなまとまりを作れるよう、政府が積極的に支援する政策をとるべきです。

アメリカでは、バイデン大統領が、労働組合の結成を支援し容易にする法改正を推し進めていると報じられています。また、以前から、多くの大学に、労働運動のための調査・教育機関であるレイバーセンターが設置され、そこが、労働組合を作ったり組織を拡大したりするオーガナイザー育成に役立っています。このレイバーセンターの活動は、公的資金でも助成されています。大学に、経営者向けビジネススクールがあるのだから、レイバーセンターがあってもよいでしょう。

日本でもそういった活動を拡げ、政府がこれを財政的に支援する仕組みがあれば、非正規労働者が労働組合への加入を促進させるのに役立つはずです。

●そもそも非正規雇用の「入口規制」が必要ではないか

ーーパートタイム・有期雇用労働法(以下パ有法)14条2項は、パートや有期契約労働者からの求めに応じて、使用者が待遇の違いや理由を説明しなければならない義務を課しています。この説明義務はパ有法ができる前の労働契約法20条にはなく、新たに盛り込まれた点です。評価できるポイントですか。

使用者の主観的・抽象的な説明では不十分であることは、厚生労働省がまとめた「同一労働同一賃金ガイドライン」にも明記されていて、評価できます。待遇格差や不合理性の判断には、労働組合との協議も含まれています。それぞれの待遇の性質や目的について、労働組合が会社と議論を深めてほしいです。

ーーパ有法8条は、正社員と非正規雇用労働者の不合理な待遇差をなくすものですが、非正規の待遇を改善する上で、本当に有効な策なのでしょうか。

この法律自体、有効ではないとは思いませんがまだ生ぬるい、不十分なものです。まず、格差を生み出す要因となっている非正規雇用の濫用を入り口段階で規制するべきです(有期労働契約を締結できる事由を、法律で限定する「入口規制」の導入)。

非正規雇用労働者が2085万人と増え続けた今、果たしてパ有法だけで非正規雇用労働者の処遇改善につながるでしょうか。有期雇用契約を入り口で規制することも合わせて議論が必要です。

また、雇用契約に関する合理性のない格差が本来許されないことや、賃金や労働条件に関する労使の情報格差の観点から、非正規への取扱いが合理的であることの立証責任を使用者側に転換することも必要です。

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