「社長」だと思って再婚した相手が、実は無職だった——。そんな相談が、弁護士ドットコムに寄せられました。
相談者と再婚相手の男性は、それぞれ以前のパートナーと離別・死別しており、ともに子どもがいます。男性はアパレル会社の社長だといい、「僕の自宅を建て増しして(相談者の)子どもたちと一緒に住もう」と言ってくれました。
しかし、結婚後に男性は実は無職で、毎月30万円の赤字生活をおくっていると分かりました。相談者には「僕は社長だから店に行かなくても仕事ができるんだよ」と嘘をついていたのです。そのため、同居すら実現できずにいますが、夫からは「婚姻費用を分担して」と金銭を要求されています。
相談者は「私の財産目当てで結婚したのではないか」と離婚を考えるようになりました。果たして、相談者は「婚姻は無効である」とする裁判を起こせるのでしょうか。下大澤優弁護士に聞きました。
●「婚姻の無効を主張することは難しい」
——今回、婚姻無効は認められますでしょうか。一般に、どのような場合に婚姻は無効であると認められますか
婚姻が無効となる事由は民法742条に定められています。
民法742条1号には、「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」に婚姻が無効となると定められていますから、今回のケースでこの条文が適用されるかが問題となります。
ただ、ここでいう「人違い」には、婚姻の相手方の性質についての誤解は含まれません。
そうしますと、「社長だと思っていた相手方が、実は無職だった」という誤解は「人違い」にあたらず、婚姻の無効を主張することは難しいでしょう。
——もし、この件で婚姻無効届けが認められなかった場合、婚姻費用は支払う必要はあるのでしょうか。
夫婦は、互いに婚姻から生ずる費用を分担しなければなりません(民法760条)。
この定めによって、夫婦が別居をした場合には、収入の多い側(義務者)が、収入の低い側(権利者)に対し、婚姻費用を分担する義務が生じます。
本件事案でいえば、収入のあるご相談者が、無収入である夫に対し婚姻費用を支払うことが原則となります。
とはいえ、以下のとおり、本件事案の特殊事情を考慮した場合、上記の原則は修正される可能性が十分にあります。
まず、ご相談者と夫は一度も同居生活を営んでいないのですから、そもそも夫婦の協力関係という実態がなく、婚姻費用の分担を認めるべきではないという結論もあり得ます。
また、夫婦の同居生活が実現する見込みが消滅したのは、夫が自らを社長であると偽ったことが原因であり、夫からの婚姻費用請求が権利の濫用と評価される可能性もあります。
●離婚が認められる可能性はある
——では、離婚は認められるのでしょうか
本件事案で離婚が認められるか否かは、「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)があると評価できるか否かに左右されます。
「社長」といっても経済力は千差万別ですが、仮に夫が、高収入を得ているとの虚偽の事実をご相談者に伝えていた場合、「婚姻を継続し難い重大な事由」と評価され、離婚が認められる可能性はあるでしょう。
配偶者の経済力の程度が婚姻生活のすべてというわけではないのですが、夫が高収入であると信じていたのに、実際は毎月30万円の赤字が生じていたという今回のケースでは、今後夫婦生活を続ける上で大きな支障が生じると言わざるを得ません。
そして、離婚原因が夫にある場合、ご相談者から夫に対する慰謝料請求が認められる余地があります。
ただし、不貞事案などと比較すると、認められる慰謝料は低い金額にとどまってしまうかと思われます。