大手引越会社の労働争議に密着したドキュメンタリー映画『アリ地獄天国』が初上映から1年かかって、ようやく都内の劇場で公開されている。監督をつとめた土屋トカチさんは「自死した親友、山ちゃんがこの映画をつくらせた」と語る。
●主人公は引越会社のシュレッダー係
ドキュメンタリーの主人公は、ある引越会社で営業として働いていた従業員、西村有さん(仮名)だ。激務の中、社用車の運転していたところ、玉突き事故を起こしてしまい、会社から弁償代を請求されることになる。
この弁償代に納得いかなかったことから、労働組合に加入したら、西村さんは「シュレッダー係」に配置転換されるなど、不当な扱いにあう。さらに配転無効の裁判を起こしたところ、今度は「懲戒解雇」されてしまう。
●亡くなった友人に重ねた
西村さんの復職当日、労働組合が引越会社のビル前で街宣車を使った抗議活動をおこない、その様子を撮影した映像(土屋さん撮影)が、動画サイト上で公開された。同社の副社長とされる人物が「誰に言うてんねん」などと声を張り上げるシーンは話題を呼んだ。
最終的には「全面的な和解」によって、労働争議そのものは幕引きすることになるが、土屋さんは3年近くにもわたって西村さんに密着し、亡くなった友人"山ちゃん"に重ねながら、昨年映画を完成させた。
都内での上映がこの時期になったのは、新型コロナ感染拡大の影響のほか、映画館に打診しても、さまざまな理由で断られていたからだという。一方で、海外の映画祭で高い評価を受けている。どんな思いで撮影をつづけてきたのか。土屋さんに聞いた。
土屋トカチさん(弁護士ドットコム撮影)
●亡くなった友人の頼みを断った過去
――都内上映まで公開から1年近く時間がかかった。
コロナの影響もありますが、ある映画館からは、作品の出来不出来や集客できないという理由ではなく、「個別の労働争議をあつかった作品は上映できない」と断られました。だったら、これまで僕が撮ってきたのが、全部そうなると思いますけど(笑)。ほかにも「主人公と労働組合に共感できなかった」「労働組合のPR映画に見える」とも言われました。
――そういう批判はあてはまらない?
たしかに、労働組合のことを知らない人たちが多いので、こうやって使うんだ、ということをかなり丁寧に説明していますが、残りは、西村さんの成長や、僕と山ちゃんとの思い出を描いています。山ちゃんについては、個人的な思いだけじゃなくて、作品の中で昇華させたつもりです。
――山ちゃんを描くことで、土屋さんの問題意識がわかる仕組みとなっている。撮影のどの段階で意識したのか?
西村さんに出会う前からです。大学時代、新聞奨学生をしていたんですが、山ちゃんはそのときの後輩です。新聞販売店の寮に住み込みながら一緒に生活していました。風呂も飯も一緒で、兄弟みたいな関係です。卒業してからもよく会う仲だったんですが、彼は2012年10月28日、自死しました。
生前、山ちゃんは職場でいじめを受けていました。かなり精神的な病がすすんで、戦えるような状況でなく、労働組合に入って1年経たずに亡くなりました。そのとき、僕の中で、"労働組合に入ればなんとかなる"という甘い考えが崩れ去りました。一緒に当事者を支える人たちがいて、一緒に戦わないといけないんだということを突きつけられました。
山ちゃんが労働組合に加入するとき、「僕の労働争議、撮ってくれません?『フツーの仕事がしたい』(土屋さんの作品)みたいに」と頼まれたんです。「フツーの仕事がしたい」は、トラック運転手が組合に入って、労働条件を変えていくストーリーです。
大学時代からの友人を新鮮な気持ちでドキュメンタリーの対象として撮れるのか。馴れ合いのようにならないか。そう思って、断ってしまったんです。でも、かけがえのない親友を亡くしたとき、「オレは何をやっているんだろう」と思ったんですよ。労働問題に関するドキュメンタリー映画を撮っている。でも、友だちを助けることができなかった。何もできなかった。
死にたくなるほど、しんどかったです。じゃあ、何をしようかなと考えたとき、彼の四十九日が来るころにプロットを書くことにしました。新たな気持ちで、労働争議の映画を撮ろうと決意したんです。そのプロットは、中盤あたりで、どういう意識で撮っているか、主人公に山ちゃんのことを打ち明けるというものでした。
今回の映画は、基本的にそれが原型になって撮っているので、僕の中では、まったく違和感がないのですが、もしかしたら、観客にとっては唐突すぎるシーンがあるかもしれません。だから、編集では、どう良い塩梅にしようかと苦労しました。途中、仲間から意見をもらいながら、独りよがりにならないように工夫しました。
●労働争議はめんどうくさいが・・・
――どんな意見だった?
仲間からは「山ちゃんのエピソードをばっさり切っても話がつながる」と言われたんです。しかし、それだと時間をかけて撮った意味が半減してしまいます。山ちゃんの影を見ながら、西村さんを追いかけていたからです。僕としては、その部分を切ってしまったら、あとから後悔するんじゃないかと思いました。
いろいろな人の人生が重なる物語にしておきたかった。
だから、観客に違和感を持たせながらも、なるべく話についてこられるような編集を意識しました山ちゃんの細かいエピソードは少なくして、入れ物だけにしておく。その入れ物の中に、それぞれの観客の経験・感情がはまれば、映画館に居場所ができる。西村さんのことを応援したくなる。そんな作品になるようにと。
――この映画を通してどういうことを伝えたいか?
西村さんのケースはかなり特殊かもしれないけれど、どの会社も残業代の未払いなど、大なり小なり同じようなことがあります。しかし新卒で入って、ずっと同じ会社で働いていると、おかしなところに気づかないこともあります。もし気づいたときにどうするか。
心身ともにボロボロに傷ついているなら逃げたほうが良いし、余力があって、一緒に戦ってくれる労働組合と出会えば、西村さんのようにたたかうこともできます。
そういうふうに職場の労働環境を変えていければ、もっと働きやすい職場になるし、それが広がっていけば、もう少し生きやすい世の中になると思います。今はそうやってたたかう人は少なくて、良い職場は少ないかもしれませんが、諦めないほうがいいと思います。諦めたらどんどん悪くなっていきます。
たしかに労働争議は面倒くさいものです。長時間労働して、心をすり減らしながら、さらに活動するのはとても大変だけど、それでしか変えられないことがあります。最近では、"退職代行業"が出てきていますが、職場をやめれば終わりじゃない。今ある職場を良くしていかないと、自分たちよりもあとの世代にひどい会社が残りつづけます。
・『アリ地獄天国』上映情報
ユーロスペース(11月13日まで)
シネマ・チュプキ・タバタ(11月30日まで)
横浜シネマリン(11月21日から12月4日まで)
福井メトロ劇場(12月5日から12月11まで)
・映画「アリ地獄天国」ウェブサイト
https://www.ari2591059.com/