「ドラマで怪我をして後遺症が残ったスタントマンから相談がありました。製作側は『怪我をしないのがスタントマン。通院費は払うが後遺症は自己責任』。怒髪天を衝きました!!」。アクション映画の高瀬将嗣監督が5月19日、スタントマンのケガの補償についてツイートしたところ、3000回以上リツイートされて話題になった。
このスタントマンは、フリーランスで活動する40代の男性。ドラマ撮影中の不慮の事故で、日常生活にも支障をきたす後遺症が残ったそうだ。高瀬監督が特に憤りを感じたのは、「技術が未熟だからケガしたのだ」という制作会社の主張だ。実は15年ほど前にも同様の発言をされ、補償を拒否されたことがあったという。長らく解決していない、スタントマンの労働問題について、高瀬監督に話を聞いた。
●プロダクションの労災加入が進む
高瀬監督は殺陣師や映画監督として活動するかたわら、スタントマンを含む俳優の協同組合「日本俳優連合(日俳連)」の常務理事として、芸能実演家の権利向上を目指している。
「15年ほど前、私ども所属のスタントマンがケガして、制作会社に治療費と見舞金をお願いしたことがありました。そのときも、今回と同じで『ケガしないのがスタントマンでしょ。自分の保険で賄って』と門前払いを受けたんです」
その会社は、傷害保険に未加入。高瀬監督によると、十数年前まではそういう制作会社が少なくなかったという。しかし、日俳連が交渉した結果、会社側が治療費を全額負担することになり、以降、傷害保険に入るのが業界的なスタンダードになったそうだ。
高瀬監督たちが今、目指しているのは実演家への労災適用だ。「スタントマンや俳優の多くは、普段アルバイトで生計を立てています。足折っちゃいました、バイト行けませんとなったら、誰が面倒を見るのか。残念ながら芸能事務所にはそこまでの余裕はありません」
労災の保険料は事業主が払い、適用されれば治療費のほか、休業期間や後遺症の重さに応じた補償など、手厚いサポートを受けられる。高瀬監督のすすめもあって、スタントマンらを「雇用者」として労災保険料を支払うアクションチームが増えているという。
「ある事務所では、保険加入の手続きをした2カ月後に、スタントマンら2人が雪山から滑落する大事故にあったんです。3カ月間の長期通院でしたが、労災で休業補償も受け取れました」
●フリーランスの「ブラックリスト」入りに不安
一方、スタントマンの過半数が事務所との雇用契約がないフリーランスだ。この場合は「個人事業主」になるため、原則として労災保険に加入できない。「一人親方」などに認められている「特別加入」も対象外だ。
「かつて映画俳優やスタントマンの多くは撮影所の契約社員で、労災も適用されていました。ですが、1970年代頃から撮影所が次々に倒産して、みんなフリーランスになってしまった。年収も低いのに、個人事業主だといわれて、労災が適用されない。そこで厚労省に現状を訴えました」
その結果、厚労省が発行する労災のパンフレットに、フリーであっても、「労働者性」が認められれば、補償を受けられる旨が追加された。
今回のスタントマンについては、高瀬監督の6月21日のツイートで、弁護団の結成と労災申請が進められることが発表された。「実演家の中でも最も危険な職分であるスタントマンにも、労災がおりるという前例になってほしい。弁護団に期待しています」
反面、不安も。「補償を請求すると、スターでない限り、次の現場に呼んでもらえない。15年前の交渉で私どもは制作側の圧力に屈せず、事故補償を勝ち取りましたが、その制作会社からは、一切仕事が来なくなりました。泣き寝入りしない事務所や実演家は使いづらいという証左です」。労災申請が認められれば、保険料を払っていなかった制作会社にペナルティーが与えられる可能性がある。申請したスタントマンの「ブラックリスト入り」は避けがたい。
高瀬監督は、「最近はCGも発達していますが、お客さんはごまかしのない命がけのアクション、スタントをごらんになりたいのです。安全の最優先はもちろんですが、ケガは避けられません。制作側の労災保険加入が当たり前になってほしい」と締めくくった。
【訂正】
当初、冒頭のスタントマン男性の年齢を「30代前半」としていましたが「40代」と訂正しました。