高野山(和歌山)の寺院に勤める40代男性僧侶のうつ病が労災と認定された。僧侶の労災認定は非常に珍しいという。
共同通信の報道(4月7日)によると、男性は午前5時前から、長いときは午後9時過ぎまで働いていた。朝の読経など、宿泊者の世話をしながら寺院の通常業務にも従事していたためだ。
男性がうつ病を発生した2015年は、高野山開創1200年にあたり、44万人超が宿泊。働く時間も長くなり、1日も休みがない月が3回もあったそうだ。
僧侶の働き方をめぐっては、「修行」なのか「労働」なのか、判然としない。今回の労災認定は、業界にとってどんなインパクトを持つのか。僧侶でもある本間久雄弁護士に聞いた。
●僧侶にもさまざまな契約形態がある
ーー僧侶ってどういう契約で働いているんですか?
僧侶には、色々な稼働形態があります。(1)住職として寺院を運営する立場にある人、(2)役僧として寺院に所属して常勤する人、(3)フリーランスの立場にあり、呼ばれたら葬儀法要に赴く人(たとえば、僧侶派遣サービス「お坊さん便」に登録して、葬儀法要に派遣される人)などがいます。
住職として寺院を運営する立場にある人を「宗教法人法」では、代表役員といいます。寺院(宗教法人)との法的関係は、「委任契約」で、寺院から「報酬」を受け取ることになります。
役僧として寺院に勤務する人は、「雇用契約」に基づいて勤務し、寺院から「給与」を受け取ります。
フリーランスの人は、「業務委託契約」に基づいて葬儀法要を行います。彼らは派遣元から受け取るのは「報酬」です。
このように、僧侶の勤務形態及び僧侶が稼働する根拠となる契約は、様々なものがあります。
●僧侶の労働者性、厚労省が判断基準を示していた
ーー僧侶の労働者性はどうやって判断する?
労働基準法は労働者について、「職業の種類を問わず」事業に「使用される者で、賃金を支払われる者」と定義しています(労働基準法9条)。
この定義に該当するかを判断する上で重要なポイントは、(1)使用者の指揮命令を受けていること(指揮命令下の労働)、(2)報酬が労働の対価として支払われていること(報酬の労務対償性)の2点です。
ただ、僧侶の場合、より高みを目指して本山や聖地で修行する人などがいるため、このような人まで労働者として取り扱うことは不都合です。
そこで、厚生労働省は、僧侶をはじめとする聖職者の労働者性についての通達を出しています。「宗教団体についての労働基準法の適用(労働基準法第9条関係)」(昭和27・2・5基発第49号)です。
ーーちゃんと決まりがあるんですね。具体的にはどういう内容なんでしょう?
この通達では、「法の適用に当たっては、憲法および宗教法人法に定める宗教尊重の精神に基づき、宗教関係事業の特殊性を十分考慮すること」とされています。そして、宗教法人に労基法が適用されるかが問題になる具体的場合に関して、次のように判断基準を示しています。
(イ)宗教上の儀式、布教等に従事する者、教師、僧職者等で修行中の者、信者であって何等の給与を受けず奉仕する者等は労働基準法上の労働者でないこと
(ロ)一般の企業の労働者と同様に、労働契約に基づき、労務を提供し、賃金を受ける者は、労働基準法上の労働者であること
(ハ)宗教上の奉仕あるいは修行であるという信念に基づいて一般の労働者と同様の勤務に服し報酬を受けている者については、具体的な勤務条件、特に、報酬の額、支給方法等を一般企業のそれと比較し、個々の事例について実情に即して判断すること
今回の事例で労災認定を受けた僧侶は、寺院の指揮命令によって、読経準備、宿泊者の世話や通常業務を行っており、修行中ではなく、それ相応の給与を受けていたという事情から労働者として認定されたものと思います。
ーー僧侶としての立場から、今回の労災認定が寺院運営に与えるインパクトをどう考えますか?
これまで、僧侶は出家して仏門に入った「俗世と離れた者」であって、僧侶の活動は「修行」であると考えられてきました。それゆえに、宗教法人ないしその代表者である住職には、労務管理という意識がなく、労働法に関する知識が乏しいというのが実情でした。
コンプライアンスや働き方改革が叫ばれる昨今、寺院・僧侶といえども、世間の信頼を勝ち取り、今後も布教活動をしていくためには、しっかりと法律を守ることが必要であることを今回の事例は示しています。