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50代女性教師「子育ては女性がするもの。先に帰るのは許さない」【パタハラ・下】
元公立小学校教師、青木了さん(仮名)

50代女性教師「子育ては女性がするもの。先に帰るのは許さない」【パタハラ・下】

あなたの周りに、育休(育児休業)を取得した男性はいるだろうか。厚生労働省「雇用均等基本調査」によれば、2015年の育休の取得率は、女性の81.5%に対し、男性はわずか2.65%だ。取得率の低さの背景には、育休取得などの育児参加を理由に降格や嫌がらせなどをする「パタハラ(パタニティ・ハラスメント)」もあるのではないか。

前回は、「お前のガキなんか1円にもならないんだよ」と言われるなどして、退職を余儀なくされた男性を紹介したが、今回はパタハラの末、小学校の教員を辞めざるを得なかった男性の苦闘を追う。(ルポライター・樋田敦子)

●仕事に集中してないから、学級崩壊が起こるんだよ!

「ここ数年、本当につらい時期でした。育休取得をめぐって、校長以下、職場の教師と対立し、まさかそのパタハラでうつになってしまうとは思っていませんでした」

こう話すのは、中部地方に住む、元公立小学校教師、青木了さん(32歳)=仮名=だ。第1子のときは、妻が育休をとったので、2人目は青木さん自身が育休を取得して、子育てをしようと考えていた。前任校では「育休を取りたい」と話すと、校長も同僚も「男性も取るべき、育休取得第1号になればいい」と賛成してくれたという。

ところが異動になった学校で、騒動は起こった。歓送迎会の席で「育休を取りたいと思っています」と話すと、数日後に校長から呼び出された。

「30代にはすべきことがいっぱいあるでしょう。キャリアを築いていく大事な時期なのに育休を取得するとは、あるまじき姿です。仕事を適当にするようなことを人前で言うものではありません」と、厳しく叱責された。教務主任からは「校長は育休を取ることを快く思っていないので従ったほうがいい」と諭されたという。

8か月後、妻の妊娠が発覚する。「次の年度初めの4月から育休を取ります。産休の教師が来るので問題はないはずです」と告げると、「認められない」の一点張りだった。

3年生の担任としてスタートしたが、学年主任の50代の女性教師は「子育ては女性がするもの。私より先に帰るのは許さない」と、青木さんが午後6時に学校を出るのも許さなかった。時を同じくして、クラス経営がうまくいかなくなっていた。子どもが授業中に歩き回るなど、落ち着かない状態が続いていった。

「クラスが荒れるのは、子育てで仕事に集中できないからです。家庭をいったんおいて、仕事に全力投球しなさい」

この言葉に青木さんは反論した。

「話が違うと思いました。しかし納得してもらえないので誰よりも朝早く来て仕事をこなし、夜は子供が眠る前に帰らせてほしいと話すと、男性教員7人に詰め寄られて説教されました。こうしたパタハラが続き、神経がまいってしまったのです」

週初めの月曜日、出勤しようとするとめまいがした。なんとか職場にたどり着いたものの具合が悪くなり早退。翌日、校長は「そんなに具合を悪くしているなら、育休は認めましょう。その心配を解いて、クラスの経営に専念しなさい」と告げた。青木さんは、「具合が悪くならないと育休はとらせてもらえないのか」と失望するだけだった。

育休をなんとか認めてもらったものの、嫌がらせは終わらなかった。少しでも仕事にミスがあると「家庭第一だからそうなるんだ」と言われ続けた。秋になると、いよいよ体調がおかしくなっていった。朝、出勤する車の中で過呼吸になった青木さんを、妻が発見して病院に連れて行くと、心療内科の診断は「うつ病」。すぐに病気休暇に入り、続いて育休に入った。

「もう復帰しても、子育てを理由に早く帰ることはできない。組合に掛け合っても好転することは望めず、転勤は2年間、丸々勤めなければ申し出られない。うちの県では、校長たちと同じ考えの人が多い。妻の勧めもあって、思い切って辞めることにしたのです」(青木さん)

青木さんは今、教育関係の一般企業の契約社員として働いている。

●10年後になれば、男性の育休取得も増える

父親の育児参加を支援して「ファザーリング〈父親であること〉を楽しもう」という考えのもと、NPO法人ファザーリング・ジャパンが設立されて10年になる。

代表理事の安藤哲也さんのもとには、全国に450人以上いる会員から「パタハラまがいのことをされている」といった相談が入ってくる。「男は仕事だろ、育児は嫁に任せればいいんだよ」「育休取ってもいいけれど、戻ってきたら席ないからね」といった上司の言動が育休を取りにくくしている。

「職場の圧力を日本人は読んでしまうため、男性社員は育休が取りづらい。取るには相当の勇気と覚悟が必要です。なぜなら、育児は男性がしなくていいという選択肢がない30代の男性社員と、育児をしてこなくてよかった50代の上司との考え方は明白に違います。

実は『イクボス(子育てに積極的にかかわるイクメンたちの職場環境支援する上司)』の研修会に行くと、50代の上司から“子育て中の従業員と、どう接していいかわからない”という悩みも聞こえてきます」(安藤さん)

正規の育休を取りたいのに取れないため、育休とは別に有休などを利用して産後の妻のサポートや育児のために取った“隠れ育休”を取る人が46%もいる(ファザーリング・ジャパンのアンケート調査、2011年度)。

「職場で誰かが育休を取れば、周囲の協力を求めるしかありません。人員を増やせない中で、会議、メール、資料作成などの無駄をなくして、効率よい働き方改革をしていかなければいけない。それは生き方改革でもあるわけで、ワークライフバランスを考え、育休取得で家族の関係の改善ができ、それで業績アップになるようなデータを積み上げていくしかないでしょう」(安藤さん)

厚生労働省は、2020年度の男性育休取得率の目標を「13%」と掲げている。現状の2・65%とは、かなりかい離があるが、果たして育休取得はスムーズに増えていくのか。

「あと10年もたてば50代の上司たちが定年退職になるので、また状況も好転していくと思います」(安藤さん)

性別にかかわらず、育休や介護休業のとれる社会を作ることは、会社としての力を高めることになる。パタハラ、マタハラが起こる背景には、社会的な偏見はもちろんだが、余裕のない職場環境も原因としてあるだろう。社員に多様性があることを前提にして、社員が最大限の力を発揮できるよう会社の仕組みを変えていかなければ、根本的な問題は解決しない。

(「男性の育休申請「お前のガキなんか1円にもならない」会社が転勤命令【パタハラ・上】はこちら→https://www.bengo4.com/c_5/c_1623/n_5863/ )

【著者プロフィール】

樋田敦子(ひだ・あつこ)

ルポライター。東京生まれ。明治大学法学部卒業後、新聞記者として、ロス疑惑、日航機墜落、阪神大震災など主に事件事故の取材を担当。フリーランスとして独立し、女性と子供たちの問題をテーマに取材、執筆を続けてきた。著書に「女性と子どもの貧困」(大和書房)、「僕らの大きな夢の絵本」(竹書房)など多数。

(弁護士ドットコムニュース)

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