都内でフリーランスで働くマリコさん(37)は、筋トレにのめり込む夫(ヒデトさん・38歳会社員)に悩んでいる。生活のすべてが「筋肉優先」の夫に、ついていけなくなってきたからだ。
「あるとき突然、『人生で一度くらいシックスパックになってみたい』と言いだしたんです。夫は細すぎるくらいだと思っていたので、そのときは軽い気持ちで、『いいんじゃない。がんばって』と言いました」(マリコさん)
最初は自宅で地道に腕立てや腹筋を続ける程度だったが、トレーニングをはじめて半年を過ぎたあたりから、ヒデトさんの筋トレ熱は徐々にエスカレートしていく。
月の会費が2万円以上かかるトレーニングジムに通いだし、プロテインやサプリメントも山のように購入するようになった。食事も別々になった。マリコさんが作った料理には手をつけず、鳥のむね肉や豆腐など、タンパク質を多く摂取できるものばかり食べるようになった。
ジムだけでは飽き足らず、トレーニング器具も次から次へと購入し、自宅マンションの一室はヒデトさんの「自宅ジム」になっている。トレーニングをはじめてから2年。二の腕や胸板は以前とはくらべものにならないほど太くなり、これまで着ていた服はすべてサイズが合わなくなった。憧れだったシックスパックにはとっくになっている。
それでも、ヒデトさんは一向にトレーニングをやめる気配はない。ジムやプロテイン、サプリメントにかかるお金が家計を圧迫しているため、「もうやめてほしい」と頼んでも、「やめて筋肉がなくなってしまうのが怖い」といって聞き入れてはくれないそうだ。
見た目も考え方も別人のようになってしまった夫に、マリコさんは「脳みそまで筋肉かよ」と、もうついていけないとこぼす。家庭をかえりみず筋トレ中心の生活を送ることは、離婚の原因になるのだろうか。村上真奈弁護士に聞いた。
●「離婚の原因」としては認められない
「結論から言えば、離婚の原因として認められることはないと思います。
はじめに、離婚の手続きについて説明します。離婚原因が必要なのは、裁判で離婚を認める判決をもらう場合だけです。協議離婚や調停離婚では、両者が離婚に合意すれば離婚できます。離婚原因が必要なわけではありません。
裁判でも、裁判中に和解といって、互いにいろいろな離婚の条件に合意して解決する方法もあります。裁判上の和解の場合も離婚原因は必要ありません。とはいえ、裁判で認められる離婚原因があれば、協議や調停が有利に進められるので、離婚原因の有無はとても重要になってきます」
●「婚姻を継続し難い重大な事由」になるかどうか
今回のケースは、法的な「離婚理由」として、なぜ認められないのだろうか。
「今回、考えられる離婚の原因は、婚姻を継続し難い重大な事由があるとき(民法770条1項5号)です。もう少し具体的に言うと、夫婦関係が回復の見込みがない程度に破綻しているかどうかで判断されます。
相談者の夫について言えば、筋トレは趣味として普通のものですし、ご相談者の方も最初は応援されていました。既に筋トレを始めて2年経過している点も、筋トレ生活を許容していたと評価されそうです。
ジムの会費もご夫婦の世帯収入に対し著しく高いものでなければ、そこまで問題にならないでしょう。体型や考え方の変化も長い結婚生活の中でどの人にもあり得ることです。
ただ『夫婦間で筋トレをめぐって暴言や暴力を伴うような喧嘩を繰り返す』『筋トレ以外のことに全く興味を示さなくなり夫婦間の会話が全くない』『食事も寝室も行動も完全に別になる』『世帯収入の大部分を筋トレに費やし借金をする』『別居して数年経つ』などの事情が出てくれば、婚姻関係が破綻し回復の見込みがないと判断される可能性が出てきます。
いまの状況で離婚したいのであれば、法定の離婚原因が必要ない協議離婚や調停離婚をめざしましょう。夫が離婚に応じなければ、裁判を見据えてできるだけ早期に別居し、協議や調停を開始するのがいいと思います」