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33年間「無戸籍」の女性の母親に「過料5万円」その取消を認めさせた弁護士に聞く
女性の代理人を務めた南裕史弁護士

33年間「無戸籍」の女性の母親に「過料5万円」その取消を認めさせた弁護士に聞く

さまざまな理由から、子どもが生まれたとき出生届を提出せず、子どもを「無戸籍」の状態にしてしまう母親がいる。娘を33年間無戸籍の状態にしたとして、神奈川県の藤沢簡易裁判所から過料5万円という「罰」を課された母親もその一人だ。

この女性は、DVをふるっていた前夫に居場所を知られることをおそれ、今の夫との間に生まれた娘の出生届を出さなかった。2014年になって、ようやく前の夫と離婚が成立し、今の夫と娘の親子関係が法的に認められたため、母親は出生届を提出した。ところが、戸籍法では出生届は子どもが生まれてから2週間以内に提出しなければいけないとされている。そこで、藤沢簡裁はこの母親が戸籍法に違反したとして過料という決定をした。

母親は、決定を不当だと考えて横浜地裁に即時抗告を申し立て、決定は今年1月に取り消された。無戸籍問題に取り組み、女性の代理人を務めた南裕史弁護士は「今回の過料決定は絶対に取り消されるべきだと考えていた。場合によっては最高裁まで争うつもりだった」と振り返る。無戸籍問題はなぜ生じるのか、今回の過料決定はなぜ取り消されたのか、南弁護士に話を聞いた。(取材・構成/藤井智紗子)

●「保険証がない、パスポートもない、選挙権もない」

――なぜ無戸籍児の問題は起こるのか

子が出生した場合、市役所などに出生の届け出をすることで、その子が戸籍に記載されます。「無戸籍児問題」とは、子の出生の届け出をしなければならない人が、何らかの理由で出生の届け出をしないために、戸籍に記載されない子がいるという問題です。

――無戸籍だと、どんな不都合があるのか

今回のケースで、無戸籍になっていた女性は、小・中学校に通っていませんでした。健康保険証もパスポートもなく、選挙権もありませんでした。まさに、公的身分がない状態だということです。現在の状況は少し改善されています。無戸籍でも、義務教育を受けたり、健康保険に加入したりすることは、手続きを踏めばできます。条件を満たせば住民票も作れるようになりました。ただ、パスポートはとれないなど、障害はまだまだ大きいです。

――そうした不都合があるのに、なぜ届け出をしないのか

様々な理由がありますが、民法の「嫡出推定」という制度が関わっているケースが多いです。戸籍は、法律上の親子関係を公に証明するものなので、出生届には、法律上の親子関係がある父母を記載する必要があります。嫡出推定は、この法律上の父子関係を早く安定させるための制度です。次のようなことが定められています。

(1)結婚中に妻が妊娠した場合は、夫の子と推定される。

(2)婚姻成立から200日を経過した後に生まれた子は、夫の子と推定される。

(3)離婚成立から300日以内に生まれた子は、離婚した夫の子と推定される。

今回のケースは(1)のルールで、生まれた子は当時の夫の子と法律上推定されます。役所の戸籍窓口は、実質的な審理をすることができないので、血縁上の父を父とする出生届書を提出しても、出生の届出は受理されません。

――推定を覆すことは難しいのか

法律上の推定が及ぶ場合、本来は「嫡出否認」という手続きによらないと、父子関係を争えないのが原則です。ですが、この手続は、親子関係を争う父しか裁判を起こすことができないので、DV被害から逃げているような母親が利用することは難しいでしょう。

そのため、実務上は、「嫡出否認の手続」によらなくても、「親子関係不存在確認の手続」や「強制認知の手続」によって嫡出推定を覆す方法が活用されています。これらの手続で、嫡出推定が及ばない事情が明らかになり、親子関係不存在や強制認知が認められれば、戸籍上も実の父を父として取り扱うことができます。

今回のケースでは、「強制認知」という、現父に娘を認知してもらう裁判手続の中で、前夫と娘が法律上の父子関係にないことを立証しました。遠距離で別居しているなど、夫の子どもを妊娠する可能性が低いような事情があると、推定を覆すことができる可能性はあります。ただ、今回のケースは30年以上前のことなので、立証が大変でした。

●「弁護士に相談することを、そもそも思いつかない人もいる」

――今回のケースで、なぜ簡易裁判所は過料の決定をしたのか

戸籍法上、出所届は子の出生した時から14日以内に提出しなければならないというルールがあるからです。実の父親(現夫)を父として出生届を提出することができたのは、前夫と離婚が成立し、強制認知の手続きで、嫡出推定も覆して、強制認知を認める審判を得た後のことです。娘が生まれてから33年が経過していました。

――DV夫から逃げていたといった事情は、考慮されなかったのだろうか

そうした事情が「出生届を提出できなかった正当な理由」にあたるのではないかと考え、異議申立を行い、過料決定を下した裁判官にもう一度検討しなおしてもらいましたが、決定は覆りませんでした。「出生後、すぐに実父に対して認知の申立てをすることが可能」「子の将来を考えるならば、法律の専門家や関係機関への確認は容易だったが、確認をした形跡が認められない」といったことが理由でした。

ですが、そうした境遇におかれても、すぐに行動にも踏み出せない人は少なくありません。そもそも、弁護士や法律機関に相談したとしても、無戸籍問題が知られていなかった当時はもちろん、現在でさえも、適切な助言を得られないケースはたくさんあります。

そこで、こうした決定はおかしいと考えて、無戸籍問題に取り組んでいる他の弁護士にも協力を呼び掛けて弁護団を結成し、横浜地裁に即時抗告しました。

●「5万円払えば済む問題」で終わりにしたくなかった

――なぜ、徹底的に争おうと考えたのか

過料というのは「行政上の秩序罰」と呼ばれるもので、いわゆる前科がつくわけではありません。「5万円払えば済む問題」とも言えるわけです。

ですが、私たちは、今回のケースがそのまま認められてしまうと、これから共通した事例を生み出す前例になってしまうのではないかという危機感がありました。

今まで無戸籍だった人たちは、どちらかといえば弱い立場の人が少なくありません。また、まだまだ無戸籍問題への認知度が低いため、役所や法律機関で対応してもらえないこともあります。

その上に、国から過料を課されたとなると、無戸籍者やその親は、犯罪者の烙印を押されてしまったように感じてしまいます。せっかく無戸籍問題を解消しようとしているのに、ブレーキがかかってしまうことを恐れたのです。

無戸籍だった娘さんも「自分たちの努力や、自分たちが否定されたような気がする。前例になるわけにはいかない」と徹底して争う意思をもっていました。

過料決定が取り消される前例はほとんど聞いたことがなかったので、正直勝算は不明でした。しかし、この決定は絶対に取り消されるべきと考えていたので、場合によっては最高裁まで争うことも覚悟していました。結果的に、横浜地裁が事情をよく汲みとって適切な判断をしてくれたと考えています。

(弁護士ドットコムニュース)

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