2019年01月22日 09時01分

GAFA時代、日本の「知のインフラ」を構築してきた長尾真が予測する「未来」

GAFA時代、日本の「知のインフラ」を構築してきた長尾真が予測する「未来」
日本の「知のインフラ」をつくり続けてきた情報工学者、長尾真氏。

インターネット上の情報流通をGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)が握る一方、日本独自の情報基盤は脆弱と言わざるを得ない状況が続いている。しかし、電子書籍がブームになった10年前、日本でも独自の「知のインフラ」を整備しようという、「長尾構想」があったことを知っているだろうか。

2008年4月に当時国立国会図書館長だった長尾真氏が私案として発表したもので、その内容は「民業圧迫じゃないか」「図書館の無料原則に反する」など大きな反発が起きるような、「大胆」な構想だった。

仕組みを簡単に説明すると、まずは、出版社が国会図書館のクラウドシステムに出版物の電子版(紙の場合も)を送り込む。それを館内では無料で貸し出し、館外に貸し出す際には、外部の組織(電子出版物流通センター)を通じて、比較的安い金額の貸出料を取って、出版社に渡すというものだ。利用者からすれば、自宅にいても好きな本が借りられる。従来の図書館の枠におさまらない、「情報プラットフォーム」といってもいい仕組みだろう。

(2010年3月17日、総務省、文科省、経産省「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」配布資料より)

「長尾構想」は一気に電子化を進め、利用者の利便性も高まるものだったが、あまりの反発の強さに実現は困難だった。そして、世界を覆うGAFAに日本ものみ込まれて行った。

あれから10年。政府は2019年から、国立国会図書館(NDL)や国立美術館、国立公文書館などがそれぞれ運用している11のデータベースを連携、ネットから容易に横断検索できるようにするポータルサイト「ジャパンサーチ」の試験運用が始めようとしている。いま、長尾氏は何を思うのか。「知のインフラ」のあり方を聞いた(聞き手:岡本真氏、構成:編集部・猪谷千香)。

●「長尾構想はほとんど実現できていないんじゃないかなあと思うんです」

岡本真氏(以下、岡本):今年からいよいよ「ジャパンサーチ」が公開されますが、知のインフラを整備していくという意味においては、「長尾構想」の結実かと思います。この10年で「長尾構想」は実現できた部分がどれだけあり、一方で、まだ積み残されている課題はどれだけあるとお考えでしょうか?

長尾真氏(以下、長尾):あの構想は、ほとんど実現していないんじゃないかなと思うんですね(笑)。NDLのデジタル化はかなり進んで、色々なものをパブリックに提供できるようになりましたが、やはり、肝心かなめの電子出版物が全然、集められてない。図書館は文化というものをきちっと集めて保存して、利用に供するという役割があります。その方法は色々ありますが、電子出版物もすべてNDLとして集めるということをもっとしっかりやらなければならないでしょう。

しかし、それがほとんどできてないんじゃないかなあというのが、残念なところだと思います。電子出版物をきちんと集めるためには、なんといっても出版社や著者にとって不利益にならないような利用の仕方というものをもっともっと検討しなければならないです。

私があの構想で提案したやり方も、もっと利用者、著者、出版社で議論をしてコンセンサスを作り、それに基づいて利用を活性化するというものでした。そういう努力をする方向に行ってもらえるといいんじゃないかなあと思いますね。

●「日本中の出版社が元気を出せるように電子出版物の環境整備を」

岡本:おっしゃる通りで、この10年間がある意味、「失われた10年」になってしまっているとも思えます。先生は、ナショナルアーカイブのようなものが必要だとおっしゃってこられました。これは、出版物だけじゃなくあらゆるインターネット上の情報が集められていくもので、実際、国会図書館のWARP(編集部注:インターネット資料収集保存事業。国立国会図書館法に基づいて国や地方自治体、独立行政法人など公的機関のサイトや大学、政党など民間サイトを収集保存している)は2002年から始まっていますが、それも公的機関が中心であり、日本のウェブを網羅できているとはまだまだ言い難い。

そこは、私たちがもっと頑張らなくてはならないことを痛感させられます。商業的な行為はもちろん、個々人の自由な表現活動や公共的なもの、インターネット上の情報や、それ以外の媒体の情報もきちんと収集保存されていかなければ、未来の社会に向けて、私たち自身が歴史を残すという責任を果たせない気がします。

長尾:そうですね。出版社にしても、大きな出版社だけじゃなく、地方における中小出版社も、日本中の人たちの検索に引っかかるようなうまいやり方を考えれば、いい本は読まれるという、そういう環境を作れるのではないか。地方の中小出版社が生き残っていくのは、ある種の長尾構想に乗っかればいいんじゃないかと思ったりしましてね。そういうふうに、日本中の出版社が元気を出せるように電子出版物の環境をなんとか整備していくことが必要だと思っています。

そういう意味では、長尾構想はほとんど何もできてないんじゃないですかね(笑)

岡本:国立国会図書館の事業が、ジャパンサーチまで到達したということは、ひとつの一里塚だとは思いますが、その先、何百里もやらなければならないことがありますね。

●「危機感を認識して、日本を守りながら国際的な地位を示す努力する」

長尾:Googleや世界のああいう企業の活動は今、どうなっていますか?

岡本:グローバルに見ると、Google、Apple、Facebook、Amazonの4社が世界的覇権を持ちつつあります。最近ではその4社をGAFAと呼ぶ言い方が流行っていますね。

確かに、私も10年前までYahoo! JAPANで働いていましたが、当時のネット環境に比べて、ある種のドミナント、寡占化が進んだことを非常に強く感じますね。それと同時にGoogleは電子化にも熱心で、彼らが大きな功績を果たしている部分も否定できない。また、FacebookやAppleのiPhoneのようなものの登場は、ネットの世界を身近にしました。10年前には想像できませんでしたが、今はどんな地方に行ってもシニアがスマホでネットにアクセスしているのが当たり前になっています。

ただ一方で、危険性という話があります。私もFacebookをみていて、あまりに的確なターゲッティング広告を出された時にはぎょっとします。特定企業による個人情報やプライバシーに基づいた営利活動をどこまで許すのか。またアメリカ大統領選でも問題になりましたが、Facebookなどで政治的な工作が行われ、人々の分断を助長させました。人類も深刻な段階に来ていると思います。かつてのような、大手企業による市場寡占といった次元とは変わってきていますね。

長尾:Googleが上陸してきた当初は、みんなわあわあいっていたけれども、そのへんの動きを忘れてしまっている可能性がありますね。でも、彼らは着実に色々なことをやっているし、特に機械翻訳にも積極的にチャレンジしていて、すごいことが実現しつつある。日本の情報なんかも、そうした機械翻訳やその他のサービスを通じて、全部把握されてしまう。

そういう状況に近づいているわけですから、危機感というのをよく認識して、やはり、日本の情報産業であるとか、出版産業であるとか、そういうところがしっかり日本を守りながら、国際的な地位を示す努力する。そういうことを改めて考えないと、危ないんじゃないかなという感じがするんですよね。

岡本:サーバー環境ひとつとっても、クラウドサービスの利用にしても、もはや完全にAmazonやGoogleに依存している状況があり、その利便性を手放せないところにきてしまっています。ただやはり、ちょっと考えてみると非常に危うい状態にあることは間違いないわけで、特にアメリカにかなり癖のある大統領が登場したことも含めて考えると、アメリカの法に支配される企業に日本の機密情報や個人情報が乗っかっていることに対し、非常にリスクを感じます。

長尾:そうですよねえ。まあ、図書館情報的な世界から外れるかもしれませんが、たとえば、病気に関するデータであるとか、薬に関するデータであるとか、色々な情報も含めて広くとらえ、デジタルアーカイブの対象としていく。国際的な競争の中で日本がそれを大事に守りながら、なおかつ世界とどうやって協調していくか。そういうことに関して、誰が考えてくれているのかなあと思います(笑)。

●「国立国会図書館や国立公文書館が議論の旗振り役に」

岡本:そういう点でいえば、欧州の反応は非常に強かったですね。EUには、巨大電子図書館「ヨーロピアーナ」のような独自の取り組みもあり、その創設に関わったフランスの元国立図書館長ジャン-ノエル・ジャンヌネーさんもGoogleに対して警戒しなければいけないと「Googleとの闘い」(岩波書店)という本で指摘しました。

また、EUでは2018年5月から、EU一般データ保護規則(GDPR)を施行して、情報の持ち出しへの制限を明確にしました。このGDPRによって、欧州は閉ざされたかといえばそうではなく、自分たち固有の文化や情報は権利として守っていくが、排他的になっているわけではない。日本でもそうした大きな絵を描くために議論する必要があります。しかし、特に知的財産の分野では、長尾先生が国立国会図書館を去られてから今、厳しい状況かなあという気がしますね。

長尾:情報とは、従来の図書館関係の情報だけじゃなくて、もっと広い意味での情報という立場で考えないといけない中で、NDLなのか、あるいは国立公文書館なのか、どこかわかりませんが、そうしたところが中心になって日本でも議論しないといかんのではないかなと思います。なかなか難しいですよねえ。

岡本:先ほどのフランス国立図書館長だったジャン-ノエル・ジャンヌネーさんは、フランスにおいて文化を守るのは国立図書館長の役割であるという、強い認識があったと思います。そういう意味でいうと、国立国会図書館は行政府ではなく、立法府にあることからも本来独立性が高い機関です。また、国立公文書館はついに2026年度の開館を目指して新館が建設されるということで、この機会にもっと公文書館体制を見直すべきだという声も出てきていますので、そういう環境がととのうことを期待したいです。

長尾:国立公文書館の加藤丈夫館長は、民間から就任された方で、社会との繋がりもあってのことだと思います。そういう旗振り役の方に登場していただき、多様な意見があるでしょうから、それらをぶつけ合いながら、なんとか日本の情報インフラをもっともっと強くしていっていただきたいと思います。

●「地方の知的インフラの整備を国が責任をもってやる」

岡本:先生が会長を務めていらっしゃるデジタルアーカイブ学会(編集部注:大学、博物館、美術館、図書館、公文書館、官庁、地方自治体、民間のデジタルアーカイブ関係者で構成する学会)も今、頑張って活動していらっしゃいますね。

長尾:そうですね。学会からはたらきかけて、議員立法によってデジタルアーカイブ法を作ってもらい、デジタルアーカイブセンターを作る必要があると思っています。デジタル情報のインフラをすべてNDLに押し付けるのは、今の体制では無理があるでしょうし、新しいデジタルアーカイブセンターを国のレベルで作ってもらうのが大事だと思います。

情報と国益が強く結びついている時代になっていますから、そういう意味でもやらなければならないし、日本中の図書館がそれをうまく利用できれば、地方でも、東京でも、公平性も保って誰もが利用できるという社会にしないと、いかんのかなと思います。地方の振興は口でいっているだけではダメです。どの地方であっても知的産業、あるいは知識環境を獲得して色々なことを考えていけるようにしなければいけません。そういうインフラ整備を国の責任としてやる必要があると思います。

岡本:それを思うと、長尾先生が館長時代の2009年にNDLで実現したデジタルアーカイブのための予算127億円は歴史に残る事業でしたね。その前年度までの予算が1億円だったことからすれば、すごいと思う一方で、実は国家予算の規模からすれば、国の投資額として100億円程度はごくわずかです。

●「情報過多の時代、本当に必要な情報を選ぶ技術が必要」

岡本:長尾先生が「電子図書館」(岩波科学ライブラリー)という本を書かれたのが、1994年のことでした。その中で急激に広がるインターネットについても考察していらっしゃいます。先生は早い時期から、ネットというものを捉えていたわけですが、「長尾構想」から10年を経てネットが変わってしまった部分もあります。

先生もご指摘されていますが、どんどん情報が切り取られて断片化し、ミニマイズされています。最近、その傾向を強く感じていて、ネット上で問題になっているフェイクニュースであったり、見出しだけで判断した人々が情報に振り回される状況が生まれている。私も、ネットのサービスを作ってきましたが、最近のネットにはがっかりすることがあります。先生はこの現状をどのようにみていらっしゃいますか?

長尾:私はネットをばんばん使っている人間じゃないのですが、情報過多の状態は、利用する人がよほどしっかりしないと、振り回されてしまうわけです。ですから、私は電子図書館の研究が一段落してから、その次に何をしようか考えた時、情報の信頼性、情報の信憑性、それをなんとかして自動的に計測できるような技術を開発しようとして、研究室でいろいろやりました。しかし、いまだに実用のところまでいってません。

何がエッセンシャルの情報であるか、何が知らなくてもいい情報であるかといった情報のセレクションに関する技術をうまくつくる必要があります。そうでないと、過剰な情報のうち数十%は必要ない情報であるという時代ですから。そういう観点で、本当に大事な情報を取り出すという技術の開発をやりたかったんですね。

でも、まあ大学も離れてしまったので、なかなか僕の力ではできないのですけども、そういうことも含めて、これからよく考える必要がありますね。それも一律のやり方ではなくて、自分にとって大事な情報なのか、個人個人で全て情報の大切さが違うので、うまくパラメータを与えることで、ピックアップできる。そういうシステムを作ることが必要ですね。

これは、図書館でもいえることで、NDLの全資料がデジタル化されたとして、何千万件という資料や文献をコツコツコツコツ、情報検索で人間が調べるということはおそらくまあ不可能になります。ですから、自分にとって大事な情報は何かということを、セレクションしていく。本当にほしい情報を見つける、そういうシステムをつくる必要がある。

岡本:情報過多な状態はもはや止めようがないですから、フィルタリングや情報推薦、今大ブームになっているAIのようなものを忌避せずに技術によってさらなる解決をする。技術が引き出した問題を技術でリカバリーしていくことが必要でしょうね。

長尾:そういうことで、無駄なことを省くというのは、必ずしもいいかどうかわからないけども、質の悪い情報は、たとえば、本を読む場合でも二番煎じの作品を読むのではなく、オリジナリティのある質の高い作品を読む。そういうある種のセレクション機能を研究することは、公共図書館でも図書館司書としても必要です。しかし、膨大な情報の中から、司書の人が的確にその作品を選び出せるかどうかは、これから難しくなってくるから、そういうことにも使えるようなものが必要でしょうね。

後編は、「未来から来た情報工学者・長尾真、飽くなき人間への興味と哲学への回帰」

(弁護士ドットコムニュース)

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