「お母さんがいなくなると、女の子はその瞬間から『母の役割』を期待されてしまうんです」。ジェンダー学などを専門とする昭和女子大学現代ビジネス研究所の研究員・臼田明子さん(55)は現在、離婚や死別などで母親がいない「マザレス(motherless)」女性の研究をしている。
「母子家庭だと、むしろ、お母さんが『お父さん役』との兼務を求められ、仕事に家事にと忙しい。一方、マザレスの女の子は、家事やきょうだいの世話を求められることが多い傾向にあります」
まだまだ男女別の役割が根強い日本で、女性にとって母親はもっとも身近なロールモデルだ。大人になってからも、マザレスの女性は、就職・結婚・出産・育児などで母親のアドバイスを受けられず、不安を抱えがちだという。
裏返せば、女児を育てるシングルファザーの悩みとも言える。どんな服を着せたら良いのか、生理が来たらどうするのかーー。異性ゆえに存在する娘との距離に無力感を感じる男親も少なくない。一方、日本ではマザレスという概念自体があまり知られていない。
臼田さん自身、独身だった27歳のときに母親を亡くしている。「すでに大人だった私でも、悲しさや出産・育児への不安があった。子どもの頃に経験した人なら、なおさらだろうと思ったことを覚えています」
臼田さんは今年、シングルファザーで長野県小諸市議の小林重太郎さんらとともに、マザレスの女性やその父親たちが悩みを共有する場をつくろうと、「マザレスお嬢」という団体を立ち上げた。
●海外に比べ、日本では親戚のサポートが弱い可能性
アメリカでは1994年、17歳で母を亡くした女性ノンフィクション作家のホープ・エーデルマン氏が『Motherless Daughters』(邦訳『母を失うということ』)を出版し、ベストセラーになっている。
まだインターネットも一般的でなかった時代。新聞広告や近所の商店に貼ったチラシなどで集めた154人の当事者の声から、マザレス女性たちの傾向や抱える悩みに迫った本だ。以降、ほかの国でも同様の研究が進んだという。
「日本での研究はほとんどありません。長寿国のせいか、母親との関係では、過干渉などの『毒親』や同居・介護などへの関心が高かったようです」
臼田さん自身、まだ調査を始めたばかり。しかし、まだ数名の聞き取りながら、日本の特徴らしきものを感じている。
「アメリカやオーストラリアでは、おばや祖母が母親代わりになってくれたという人が多数です。しかし、聞き取りをした中では、むしろ『親戚が遠ざかっていった』と答える日本人が多い傾向にありました」
核家族化の中で親戚関係が弱まっている可能性があるという。仮にそうであれば、日本のマザレス女性や父親たちには、より支援が必要ということになる。
臼田さんが代表を務める「マザレスお嬢」は、5月13日の「母の日」に都内で発足集会を開いた。全国から男女24人が参加したという。今後も定期的に集会を開く予定で、クラウドファンディング(https://readyfor.jp/projects/motherless20180513{target=_blank})で支援も募っている。会の活動なども通じて、臼田さん自身も聞き取りの数を増やしていくつもりだ。