400万部を超えるベストセラー『バカの壁』(養老孟司著、2003年)。その『バカの壁』をひたすら積み上げた「バカの壁の壁」が、名古屋市の伏見地下街にあったのをご存知だろうか。
ディスプレイしていたのは、「Bibliomania(ビブリオマニア)」という古書店。記者が初めて見たのは2013年9月、あいちトリエンナーレの会期中だった。当時の「壁」は、まだ50冊程度。それがネットやテレビで話題になり、いつの間にか700冊を超えたという。
しかし、今年8月、久々に伏見地下街を訪れたところ、「壁」は消えていた。伏見地下街協同組合によると、移転したのだという。はたして新しい店舗にも「壁」はあるのだろうか。
●「遊びで始めたのに、いつの間にか現代アートに」
新しいビブリオマニアがあるのは、名古屋の繁華街・栄にある「女子大(女子大小路)」エリア。1階に八百屋の入ったビルの2階だ。階段は薄暗く、入り口は飾りっ気のない金属扉。本当にここがお店なの…?
「入り口でお客を選んでいるんですよ」と笑うのは、店主の鈴村純さん。店外のおどろおどろしさとは打って変わって、内部は自然色を配した明るい雰囲気だ。そして、入って右手にあった「バカの壁の壁」。
「2013年に30冊くらいから始めました。最初は遊びのつもりだったんですよ。お店の名物もほしかったので、1冊持ってきたら商品を100円引きにして…。それが200何冊かのときにネットでバズって、一気に増えました」(鈴村さん)
積まれた『バカの壁』は3月10日時点で761冊。彼女によると、仕事が忙しく、正確な数は数えられていないが、月10冊ほどの持ち込みがあるそうだ。現状は800冊超といった感じか。
「もうライフワークみたいになっていますね。本が売れることのあり方について問題提起したい。1回は読まれたとすると、『バカの壁』って400万回は読まれた本なわけですよね。でも、みんなが買って、手放して、一体何が残ったのか…。このタイトルは何重にも仕組まれた皮肉。養老先生たちはここまで見越していたんでしょうね」
伏見地下街時代は、通りかかった人たちがカメラを向ける観光スポットにもなっていたそう。そんな観光客の姿も含めたアート作品と言えるのかもしれない。「遊びで始めたのに、いつの間にか現代アートになっちゃった」と鈴村さん。
●悲鳴が聞こえる店内…名古屋有数のサブカルスポットに
時折、悲鳴が聞こえる(アングラ劇団のDVDが流れている)店内には、アートから漫画、SF、ルポまでさまざまなジャンルが揃う。夢野久作、澁澤龍彦、寺山修司など「中二病」にお馴染みの作家も。
「アート、サブカルがメイン。あとは、オタクならこれ読んどけという、『オタクの一般教養』もの。資料性が高いかどうかも意識しています」と鈴村さん。面白いものを1つは見つけてほしいと、新品・中古を問わず幅広い品揃えを目指しているという。記者が訪れた日も、「ファンタジーの資料がほしい」として、漫画を描いていると見られる男性2人組が来店していた。
このほか、エロ雑誌や映画のフォントを集めたタイポグラフィーの本や、ラブホテルを訪ね歩いたルポ、「昭和のエロ本・カストリ誌」なんて商品も。「同じエロでも、消費されるエロは置かない。だからか、古本屋にしては女性が多いですね」
しかし、こんなカオスな「ビブリオマニア」も2011年ごろにオープンした当初は一般層向けの古本屋だったという。
「最初は(名古屋市南区の)笠寺。伏見に移動してから、少しずつ特徴を出そうと思って、カルトな方向の品揃えを増やしました。伏見地下街は、飲み屋がいっぱいできて、『リア充』が増えてきたので、今のところに逃亡してきたんです」
移転したことで、扱う本は2倍ほどに増えたという。ファンも一層増え、コアな商品が持ち込まれる好循環も強まった。店内でトークショーやリトルプレス(オリジナル性の高い自主制作の出版物)の即売会、クリエイターの企画展を開催するなど、イベントにも力を入れている。もはや名古屋を代表するサブカルスポットだ。
「遠方から来てくださるお客さんも多い。大げさな話ですけど、文化の発展に寄与したい。次の面白いカルチャーにつながって行けばと思って、営業しています」