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「一票の格差」で選挙無効を求める訴訟は、なぜ「選挙前」に起こせないのか?
「一票の格差」訴訟が提起されるのが、いつも「選挙後」なのはなぜか?

「一票の格差」で選挙無効を求める訴訟は、なぜ「選挙前」に起こせないのか?

第23回参議院選挙の翌日にあたる7月22日、弁護士グループが「一票の格差が是正されないまま選挙が実施されたのは憲法違反だ」として、選挙の無効を求め、全国の高等裁判所とその支部に一斉に提訴した。

選挙区ごとの「一票の格差」が最大5.00倍だった前回の参議院選挙について、最高裁が「著しく不平等な違憲状態」と指摘したのを受けて、今回の選挙前に定数是正が行われた。しかし、まだ最大4.77倍の「一票の格差」が残っていた。

昨年12月実施の衆議院選挙についても、同様の訴訟が起こされたが、各地の高裁で違憲判決があいつぎ、一部の選挙区ではついに「選挙無効」判決まで出た。今回も違憲判決が出る可能性は大きいと見られ、司法がどのような判断を下すのか注目が集まっている。

それにしても疑問なのは、このような「一票の格差」訴訟が提起されるのが、なぜいつも「選挙後」なのか、ということだ。「選挙前」に提訴して、裁判所の判断が示されれば、正しい状態で選挙が実施されると思うのだが……。なぜ「選挙前」に争うことができないのか。黒田健二弁護士に聞いた。

●法律には「当該選挙の日から」と書かれている

「簡単に言えば、『選挙前』に提起できると法律に規定されていないからです」

黒田弁護士はこう述べる。それでは、そもそも一票の格差訴訟は、どんな法律のどんな条文に基づいて争われているのだろうか。

「選挙無効訴訟が根拠としている規定は、公職選挙法204条です。そこには、こう書かれています。

『衆議院議員または参議院議員の選挙において、その選挙の効力に関し異議がある選挙人(中略)は、(中略)当該選挙の日から30日以内に、高等裁判所に訴訟を提起することができる』

法律上、期間を計算にするとき、初日(すなわち、『当該選挙の日』)は算入されませんので、上記規定は、選挙の翌日、つまり『選挙後』から訴訟提起できると定めていることになります」

確かに、ここまで明確に決まっていれば、この条文に基づいて事前に訴えるというのは難しいだろう。ただ、公職選挙法がそうなっているとしても、何か他の手段はないのだろうか。

黒田弁護士は首を振る。「選挙の効力を争う方法を定める法律は他にありませんので、選挙の違憲・無効を求める訴訟を『選挙前』に起こせる根拠がない、ということになります」

それでも、一票の格差は、事前にほぼ正確に割り出せるはずだ。選挙が終わってから「無効」というより、「事前に何とかする」方が合理的なのでは?

「実はそういうアプローチの訴訟は、すでに起こされたことがあります。『選挙前』に、一票の格差が著しく違憲であることを理由として、選挙に関する内閣による助言と承認等の差止め及び内閣による法案提出の義務付けを求める訴えが、選挙に関する民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)として東京地裁に提起されました」

つまりは「選挙を行う前に、格差を是正する法案を出せ」という話のようだ。その訴訟はどうなったのだろうか。

「一審の東京地裁は訴えを『不適法である』として却下しました。東京高裁も最高裁もこの一審判決を支持し、一審判決は確定しています」

どういう理由で却下されてしまったのだろうか。

「民衆訴訟はそもそも、『法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる』とされています(行政事件訴訟法42条)。

しかし、選挙無効の訴訟では、先ほど述べた公職選挙法204条を使うしかないというのが現状です。ところが公職選挙法204条は、事前に訴えることができるようには定められていません。訴えが認められなかったのはそういう理由です」

要は、訴えるための法律がなかったということだ。なんとももどかしい話だが、選挙の問題点が事前に分かっていたとしても、裁判で争うためには、選挙が終わるのを待たなければならないようだ。選挙の実施コストを考えると、何らかの形で事前に訴える手段が存在した方がいいのではないかと思うが……。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

黒田 健二
黒田 健二(くろだ けんじ)弁護士 黒田法律事務所
黒田法律事務所代表弁護士、弁理士、ニューヨーク州弁護士、台北律師公会外国法事務律師。大学を1年で中退した翌年、独学で1983年度の司法試験に全国最年少の20歳で合格。1986年より日本及び香港で弁護士実務経験を積んだ後、中国(上海復旦大学法学部高級進修生課程)、デンマーク及び米国(デューク大学ロースクール)で中国法、EC法及び米国法を学ぶ。中国語・英語に堪能で、国際案件および交渉の経験も豊富。台湾政府が台湾での日本弁護士業務を認可した第1号で、2009年から現在まで台湾に法律事務所を有する唯一の日本人弁護士で、現在日本人弁護士3名と台湾人弁護士3名を台湾に常駐させている。

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