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旧ジャニーズ問題「メディアの沈黙」は今も続いている テレビ局の検証に欠けていたもの
看板を撤去する模様(2023年10月、弁護士ドットコムニュース撮影)

旧ジャニーズ問題「メディアの沈黙」は今も続いている テレビ局の検証に欠けていたもの

TBSは11月26日、故・ジャニー喜多川氏の性加害問題をめぐり、旧ジャニーズ事務所との関係などについて調査した検証番組を放送した。元検事の弁護士もメンバーに含まれる特別調査委員会による調査の結果をベースにした内容である。

他の民放キー局4局やNHKも既に検証番組を放送しており、性加害問題の実態解明や原因の追究に一定の前進があったことは確かである。しかし、その内容は不十分なものと言わざるを得ない。

旧ジャニーズ事務所の「再発防止特別チーム」が指摘した「マスメディアの沈黙」は、性加害についての沈黙とは別の意味で、いまだに続いている。(吉野嘉高・筑紫女学園大学教授/元フジテレビプロデューサー)

●検証番組と調査報告書の内容が不一致

TBSの検証番組が踏み込んだ内容であったことは確かである。例えば、公然わいせつ容疑で逮捕された旧ジャニーズ事務所のタレントの車を、局の駐車場に招き入れたことについては、「報道陣の取材から逃れるためだったことは明白」として報道機関としての責務に言及している。このように報道機関として襟を正そうとする姿勢は潔い。

しかし、この検証番組には不可解な点がある。番組調査報告書の内容を見比べると、一致していない部分があるからだ。

具体的には、2014年に旧ジャニーズ事務所側がハワイへのメディアツアーにテレビ関係者を招待し、交通費、滞在費を負担していたことについての説明である。

検証番組では、TBSから4人が参加したと伝えている。これは事実である。ところが、調査報告書では、「本調査では、4人とは別に、TBSから情報制作局のスタッフ1人がツアーに参加していたことが判明した。(中略)費用については、5人とも飛行機代、宿泊費は先方の負担であった」とある。これも調査の裏付けがある事実である。

検証番組では「TBSから社員4人」、調査報告書では「TBSからは5人」と伝えている。どちらも間違っていないが、新たに調査をして明らかになった新事実を検証番組で伝えなかった理由は何なのか。

また調査の結果、その4人とは、取締役、情報制作局幹部、編成局員、制作局員と判明したという。飛行機代、宿泊費を支払ってもらってテレビ局の幹部が招かれたという事実は、テレビ局上層部と旧ジャニーズ事務所の密接な関係性を示しており、非常に重要である。

しかし検証番組では、4人の職位については触れていない。新たに調査をして明らかになった新事実を検証番組で伝えていないのは不可解である。しかもテレビ局の大黒柱であるはずの取締役と編成幹部の証言は、検証番組にも調査報告書にもない。

幹部であれば、旧ジャニーズ事務所との付き合いの中で、影響力のある言動をしていた可能性があるはずなのに、この件に関して対外的に「沈黙」している。

さらに、旧ジャニーズ事務所側が支払ったのは、飛行機代、宿泊費に加えて、現地の食事会の費用も含まれていたことや、旧ジャニーズ事務所に対して「TBSを含む7社で約10万円ずつ負担し、ワインを贈ったことを示す記録も確認できた」という。

これらの事実は、いかにこのハワイツアーがテレビ関係者にとって、至れり尽くせりの豪華な招待旅行であったかを裏付けているし、まるでお返しをするかのように、他局と足並みをそろえて高級ワインを旧ジャニーズ事務所に贈っていたこともわかった。

テレビ各局と旧ジャニーズ事務所の会社ぐるみの密接な関係を読み解くためには重要な情報が、検証番組では放送されていない。

調査報告書では、委員会は「マスメディアの沈黙」の「背景にあるTBSとジャニーズ事務所との関係をできるだけひも解くこととした」と記されている。それなのに、背景分析のために貴重な情報を番組でカットするのは理解に苦しむ。

やはり、調査報告書の建前とは裏腹に、現場スタッフではなく、幹部が関わる事案に関しては、追及が甘くなるということではなかろうか。

●テレビ局幹部の役割や具体的対応が不明

TBSの取締役がハワイツアーに参加していたことは、旧ジャニーズ事務所との向き合いの中で、幹部クラスが重要な役割を果たしていた可能性があることを示唆している。これはTBSだけではないかもしれない。

テレビ朝日の検証番組では、次のような証言が紹介されていた。

「特にジャニーズ事務所は人気者が多いので会社事として上層部や編成幹部が動くので『扱いづらい』『機嫌を損ねると社内でも怒られるのでは』と現場の若手は考えてしまったのかもしれない」

旧ジャニーズ事務所に関しては「テレビ局幹部が直々に動く」ことを明らかにする貴重な証言で、テレビ局と旧ジャニーズ事務所の癒着の実態を解明する手がかりとなる。

しかし、旧ジャニーズ事務所と向き合った「上層部」や「編成幹部」が具体的にどのような押し引きをしながら、旧ジャニーズ事務所と交渉をしていたのかはつまびらかにされていない。断片的な証言だけだと、文脈がわからず、なぜ幹部が動く「扱いづらい」案件なのかが視聴者には理解できない。

幹部が旧ジャニーズ事務所に関する案件に直接関わっているのは、テレ朝だけとは考えにくい。各局が足並みを揃えて約10万円を支払って旧ジャニーズ事務所に高級ワインを贈呈したのであれば、他のテレビ局の取締役、編成幹部クラスが足並みを揃えて豪華ハワイツアーに参加していたとしてもおかしくはない。

ここがポイントである。性加害についての「マスメディアの沈黙」の原因を掘り下げていくためには、旧ジャニーズ事務所とテレビ局の「持ちつ持たれつ」のビジネスの実態を詳細に明らかにしなくてはならない。長い間続いてきた独特の業務上の慣行を続けるうちに旧ジャニーズ事務所に配慮や忖度をせざるを得なくなったことが、沈黙の一因となったからである。

ビジネスの実態を明らかにするためには、調査報告書で一部明らかになった「お金の流れ」をより詳しく検証することは重要で、テレビと旧ジャニーズ事務所のパワーバランスを把握するためにも避けて通れないのだ。

●「あるある大事典」では、どのように検証したのか

やはり、この問題に関する情報の透明性をより高めるためにも、第三者委員会によるテレビ各局への調査を実施するべきであろう。この点、関西テレビ制作の「発掘!あるある大事典2」(以下、「あるある」)の捏造問題の検証作業を参考にしてみよう。

「あるある」は、高視聴率の人気番組だったが、捏造の発覚は、日本社会に大きな波紋を呼び、関西テレビは、総務省から行政指導で最も重い「警告」を受けたほか、民間放送連盟から除名された。

この「あるある」問題とジャニーズ問題に共通しているのは、優越的地位にある人の慢心や関係者の当事者意識の欠如が、テレビの危機を招いている点である。換言すると、テレビ業界で働くうちに鈍磨してしまった感覚が、めぐりめぐって深刻な事態を引き起こしていることが共通点である。

「あるある」問題の場合、社内調査で捏造などの問題が指摘されたのは4件だったが、第三者調査委員会が作成した調査報告書では、その4倍の16件に増えている。社内調査より第三者調査の方が事実関係の解明に有効なことがわかる。

154ページに及ぶ調査報告書を読むと、実態解明のために、制作会議資料、制作関係者が作成したメモ、電子メール、ファクシミリ、契約書類等が集められ、制作費などお金の流れもチェックされていることがわかる。

「あるある」調査委員会の調査委員長は元最高検公安部長の熊崎勝彦氏で、調査の実働部隊となったのは検察官出身の弁護士18人からなる小委員会であった。外部調査委員による第三者調査といえる。

一方、旧ジャニーズ事務所性加害問題でTBSが設置した特別調査委員会も、検察庁出身の弁護士2名が加わり、証拠の精査や事実認定を行っており、一定の第三者性は確保されている。

ただ、陣頭指揮を執った調査委員長の苣木雅哉氏はTBSホールディングス取締役、TBSテレビ常務取締役で、TBSのいわば「身内」である。しかも、委員5名のうち3人は旧ジャニーズ事務所と利害関係がないとはいえTBSホールディングスの役職者で「身内」である。これでは、「あるある」調査委員会のように独立性が担保された第三者委員会調査とはいえない。

●第三者委員会による調査報告書を

最後に改めて指摘したいのは、各局で検証番組が放送されたとは言え、放送業界が自浄能力を十分に発揮したとはいえない。重大な人権侵害があった事務所と何故、どのような深い関係を築いていたのか、背景にある問題の構造はいまだに可視化されていないからである。

テレビ各局は、第三者委員会による調査を実施し、検証番組を放送するだけでなく、調査結果の詳細を報告書という文書にまとめ発表するべきであろう。また、テレビの歴史の貴重な記録として自社サイトにアップするとともに、重要な論文や報告書のような扱いで、将来のメディアを担う人たちに伝えていく方法も考えるべきである。

〈プロフィール〉
吉野嘉高
1962(昭和37)年広島県生まれ。 筑紫女学園大学文学部教授。 1986年フジテレビジョン入社。 情報番組、ニュース番組のディレクターやプロデューサーのほか、社会部記者などを務める。 2009年同社を退職し現職。専門はメディア論。

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