2022年4月23日の北海道・知床観光船沈没事故で、ショックを受け混乱状態にある被害者家族への精神的ケアが後手に回っていた。「災害派遣精神医療チーム・DPAT」が出動を検討しながらも、派遣要請されなかったことが原因だ。
災害・事故・犯罪による被害者とその家族、遺族の精神的ダメージは時と共に薄れるのではなく、深刻になることが多い。被害者弁護団によると、確認できただけで男性1人が精神科を受診している。
身体に応急措置が行われるように、精神的ダメージも初期対応がその後の苦しみを左右する。しかし、実際には被害者自身がそれを自覚して訴えることは難しい。ダメージを推し量り、ニーズを把握できる専門性の高いケアスタッフが不可欠だ。
知床半島のある斜里町とDPAT、被害者問題に詳しい弁護士に今回の経緯を聞くと、全国に被害者が散らばった大規模事故の際の課題が見えてきた。(ジャーナリスト・本田信一郎)
●未曾有の事故、忙殺される中で没交渉に
DPAT統括者の一人で「北海道立精神保健福祉センター」所長の岡﨑大介氏が語る。
「事故発生直後から出動を視野に、道の統括者と主管課と情報収集を行い、検討しました。そして、主管課が斜里町の保健福祉課に電話をして必要かどうかを見極めようとしました」
一方、町保健福祉課(現地域福祉課)課長の玉置創司氏は「明確に『派遣要請をしなかった』という認識はありません」と説明する。
「私の不在中に連絡があり、『何かあれば連絡をいただきたい』という伝言でした。その時点では、職員総出の24時間体制で、家族の支援や遺体安置所の業務に従事していました。『DPATにお願いしよう』という余裕はなく、手探りで対応する中で時間が過ぎていました」
事故から2日後の25日、月曜日になって厚生労働省はDPATに「活動するのであれば連絡するように」と指示し、注意喚起を促している。
このやり取り以降、DPATは情報収集を継続しながら待機を続け、斜里町は行方不明者の捜索を主とする対策本部のサポートで忙殺された。互いに連絡を取り合わないまま、ゴールデンウイーク前に派遣は立ち消えになった。
被害者弁護団の奥野舞弁護士(本人提供)
●「対応遅い」家族から不満の声
DPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team)は、東日本大震災を機に厚労省がDMAT(災害派遣医療チーム)の精神医療、精神保健活動版として各都道府県に組織。自然災害・航空機、列車事故・犯罪や事件で派遣され、2020年2月にはコロナが蔓延したクルーズ船も対象だった。
北海道のDPATの統括者は精神科医3名、主管課は道庁の「保健福祉部福祉局、障がい者保健福祉課」で、派遣ごとにチーム(医師・看護師・業務調整員)を編成する。本格稼働したのは2016年4月の「熊本地震」で、のべ4チーム16名が派遣された。
派遣要請は、道内の災害時は市町村、道外の災害時は厚労省と各都道府県が発出することになっているが、厚労省の指示、または道の統括者と主管課で出動を決定することもできる。
これに関し、統括者の岡﨑氏は「今回の場合、災害救助法には当たらず、メンタルヘルスは対象者がいる市町村がやることが基本です。まずは情報収集をして出動の要否を見極めようとしていたのですが、出動を支持する情報がなかなか得られなかった」と振り返る。
後に道は、DPATの対応マニュアルを網走保健所と道職員を通じて二度にわたり町に提供したが、派遣については、結果としてDPATと町、そして、厚労省が「お見合い」したことになる。
被害者弁護団の奧野舞氏は「ご家族から『精神的ケアに関する制度など、国からの案内や周知が遅い』という指摘もありました」と明かす。
国交省の「公共交通事故被害者支援室」は、6月から家族向けグリーフケアなどのためにオンライン相談会の案内をしたが、「それぞれの被害者の居住地によって、カウンセリング費用の助成、民間の支援センターや専門家の有無などバラバラなのが現状です」(奥野氏)。
●警察の支援室との連携も必要
町の玉置氏によると、遺体安置所に家族が到着した際には道警の家族支援班が同行し、町の保健師6名も同席した。全ての町職員が被害者家族の送迎等に四六時中対応しており、道警のサポートで手一杯だったという。
各都道府県警の被害者支援室は、動く基準と支援内容が明確ではない。今回、道警は主に家族をサポートしてマスコミから「守る」ことを目的としていたようだが、このことがDPATに情報が入らなかった一端とも考えられる。警察官は精神的ケアの専門家ではないのだから、家族の心理状態やニーズを把握できたかには疑問が残る。
被災者・被害者の精神的ケアは日常生活の維持、再建とセットでなければならない。
奧野氏は「全ての自治体に被害者条例を制定し、その内容と支援体制の地域間格差を是正する必要があります」と課題を挙げる。欧米では救急措置(危機介入)から始まる複合的な支援がおおむね3年間は継続されるが、日本でもDPATはもとより、生活面も含めたニーズを的確に把握して有効な支援体制を構築できる「被害回復コーディネーター」が求められる。
統括者の岡﨑氏は「DPATの役割が、地域精神保健医療のうちの医療分野に偏ったものとして認識されていると思います。(生活補助やマスコミ対応など)複合的な支援の端緒となる立場だということも考えるべきでしょう。ご家族が居住地でも適切なケアを受けられるように、情報を伝えるリーフレットを作成して配れば良かったと思います」と振り返った。
大規模な知床事故でさえ、DPATが出動できなかったことを教訓として、厚労省と各都道府県は、まず自治体・警察などにDPATの存在を周知徹底してほしい。派遣要項に「●人以上の時」との記載はない。被害者の数や規模にかかわらず、より積極的な活動が望まれる。