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DVの後遺症、PTSDに苦しむ家族…薬物依存症の背後で見過ごされた「被害者」たち
写真はイメージ(【IWJ】Image Works Japan / PIXTA)

DVの後遺症、PTSDに苦しむ家族…薬物依存症の背後で見過ごされた「被害者」たち

自らの意思で薬物をやめられなくなり、ときには借金や暴力などの問題を引き起こすこともある「薬物依存症」。違法薬物であれば、刑事事件に発展してしまうこともある。

依存症の問題が取り上げられると、当事者本人の治療や支援に目が向けられやすい。しかし、苦しんでいるのは、本人だけではない。暴言・暴力でキズを負ったり、調停や裁判で心身ともにボロボロになる家族もいる。

●「暴力の後遺症」に苦しむ家族も

違法薬物を自己使用することは「被害者なき犯罪」ともいわれる。薬物を自己使用する行為に、直接の「被害者」がいないためだ。しかし、薬物依存症によって引き起こされるほかの問題に家族という「被害者」が隠れていることは少なくない。

依存症治療の傍ら、DVなどの加害行為を繰り返してきた人の治療教育にも関わる精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんは、薬物やアルコールなどの精神作用物質を自己使用している人から暴力をふるわれた妻などの「被害者」をみてきた。

「実際に、DV被害を受けた配偶者からは『(当事者の)薬や酒が止まっていようが、フラッシュバックはある』という話を聞きますし、PTSDに苦しんでいる人もいます。暴力の後遺症はずっと残るんです。薬や酒が止まったとしても、当事者が『加害行為を繰り返していた』という事実が消えることはありません。

薬物依存症の自助グループでは、傷つけた人たちへの『埋め合わせ』をする作業をおこなうことがあります。しかし、薬物依存症の臨床では、本人が回復していくプロセスの中で、DV加害者として、暴力で相手を傷つけてきた責任をどのように取っていくのかという視点からのアプローチはほとんどみられません。

まずは物質を止めることが大事ですが、DVは加害行為であり犯罪です。『依存症だから…』と病理化するプロセスの中で、暴力の責任性を隠蔽してしまう恐れがあることを忘れてはいけません。

もちろん、アルコールを含む薬物依存症の人すべてが暴力をふるうわけではありませんが、依存症臨床においても、DVがある人・ない人によって、家族関係の再構築の際にアプローチの仕方を工夫しなければならないと思っています」(斉藤さん)

画像タイトル 暴力を伴っていた場合、薬物が止まることで、家族の傷が癒えるわけではない(写真はイメージ:Pangaea / PIXTA)

●「責任」を負うことはやむを得ない

依存症やDVの問題に悩む家族の相談を受けてきた佐藤正子弁護士は、次のように話す。

「DVの相談を受ける中で『アルコールが入ると暴言を吐く』『違法薬物を使っているのではないかと思う』という話を聞くことがあります。しかし、薬物依存症が背景にあるか否かを問わず、DVという行為自体に『依存性』があるのではないかと感じています。

実際に、DVの直後に謝罪して仲直りするものの、またしばらく経ってDVをはたらくというパターンは少なくありません。被害者側も『私が悪いのかな』『私が頑張ればなんとかなる』などと感じてしまい、同じことが繰り返されている傾向がみられます。

また、被害者自身がDVに気づいていないこともあります。たとえば、友人に話して『おかしいのでは』と言われて自覚したり、自治体の法律相談や男女共同参画センターなどで『あなたはDVを受けているのでは』と指摘され、初めて気づいたという人もいます」

画像タイトル 佐藤弁護士は「離婚後に再びDVの問題がある人と関係を持ってしまう被害者もしばしば見る」と語る(写真はイメージ:Fast&Slow / PIXTA)

佐藤弁護士は、薬物を使って暴言を吐いたり、暴力をふるったりした場合であっても、「責任を負うことになるのは、やむを得ない」と指摘する。

「そもそも、DVをする人は誰にでも暴言を吐いたり、暴力をふるったりするわけではなく、相手を選んでいるようにみえます。実際に、DVをする人が調停委員や裁判官を殴る場面を見たことはありません。理性があるといえますし、責任能力に問題がない人のほうが多い印象を受けます。

そのため、DVによって相手にケガをさせたのであれば、損害賠償や、離婚に応じる、などの法的な責任を負うことは、やむを得ないのではないかと考えています。

また、依存症という病気から回復することも本人の責任だと思います。もちろん、回復する人はいますし、私もダルクなどと関わる中で、そのような人たちを見てきました」(佐藤弁護士)

●見過ごされがちな「被害者」としての家族

DVだけではない。依存症の人がつくった借金に悩まされていたり、スムーズに離婚に応じてもらえなかったりするなど、佐藤弁護士は、さまざまな場面で「家族は振り回されている」と感じることがあるという。

「薬物依存症の人と離婚することになった場合、借金、暴言、暴力などのほかの問題が発生していることがほとんどです。しかし、不思議なことに、相手方にすぐに離婚に応じてもらえたことは、ほぼありませんでした。これまで言うことをいろいろ聞いてくれた相手に依存しているのではないか、と思うこともあります」

刑事裁判でも、家族が負担を強いられることがある。佐藤弁護士は、情状証人として公開の法廷に立たされる家族をみるたびに、「家族は加害者側ではなく、巻き込まれている時点で『被害者』なのではないか」と感じたと話す。

「2000年代前半は、何度も再犯を繰り返す人の家族に『なぜ、監督していなかったのか』などと非難する検察官もみられました。

当時は、今よりも依存症の理解が進んでおらず、『意思が弱いからやめられない』と考えられていたり、バッシングがおこなわれたりしていた時代です。今でも著名人が逮捕されるたびにバッシングが起きることはありますが、最近は、法廷でこのようなことを言う検察官を見なくなったように感じています。

特に、違法薬物の場合、家族は周りになかなか相談できず、抱え込んでしまいがちです。法廷に呼び出され、話をするというのみで、相当な精神的負担があると思います。『あなたは悪くない』と家族の話を繰り返し聞いてくれる人が必要ですし、家族への支援はもっと充実させるべきだと思います」(佐藤弁護士)

画像タイトル 佐藤弁護士は、調停や裁判は家族にとって「精神的負担がかかるもの」だと話す(写真はイメージ:takeuchi masato / PIXTA)

●家族の「人生」を歩んで

薬物依存症の当事者本人に「変わってほしい」と願っている家族は少なくない。佐藤弁護士は、そのような家族に「あなたは、どうしたいですか?」とかならず聞くようにしている。

「『疲れ果てたので、距離を置きたい』『生活費を確保したい』のであれば、別居の方法を教えるなど、弁護士が力になれることもあります。ただ、『(依存症の当事者)本人をなんとかしてあげたい』ことについては、無力だと痛感する日々です。

本人を変えることは、弁護士にはもちろん、家族にもできないことではないかと思います。自分のことは自分で変えられても、誰かを変えることはできません。たくさんの苦労をしてきたからこそ、家族もどうすればよいか悩んだり、苦しんだりしていると思います。

しかし、家族には家族の『人生』があります。どうしたいかを決めるのは、自分自身です。弁護士にできるのは、できるかぎり、その力添えをすることだと思います」(佐藤弁護士)

【取材協力】

<斉藤章佳さん> 精神保健福祉士・社会福祉士。大船榎本クリニック(=神奈川県鎌倉市)精神保健福祉部長。榎本クリニックにて、20年にわたってアルコール依存症をはじめギャンブル・薬物・性犯罪・DV・クレプトマニア(窃盗症)などさまざまな依存症問題に携わる。『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)、『万引き依存症』(イースト・プレス)、『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)、『セックス依存症』(幻冬舎)、など依存症に関する著書多数。

<佐藤正子弁護士> 滋賀弁護士会。高島法律事務所。2005年弁護士登録。刑事事件において、複数の無罪事件や早期釈放の経験を有する。2015年から大阪ダルクの支援を日常的におこなってきた。 一般財団法人河合隼雄財団監事、季刊刑事弁護編集委員も務める。結婚生活や相続等の疑問や争い、あるいは障がいや高齢化等による生活上の不安を解消し、日常を平穏に過ごせるよう相談者の心に寄り添うような事件や相談も数多く手がけている。

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