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オンライン授業、著作物の利用可能に…「著作権の壁」どう乗り越えた?
画像はイメージです(Fast&Slow / PIXTA)

オンライン授業、著作物の利用可能に…「著作権の壁」どう乗り越えた?

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、大学をはじめとする教育機関が「オンライン授業」に踏み切りました。

先立って、改正著作権法(2018年5月公布)により、補償金を支払うことを条件に、オンライン授業で著作物を教材として使うことができる「授業目的公衆送信補償金制度」が新設されました。

しかし、この制度はまだ施行されていません。それまでは著作権者の許諾を得る必要があるため、規制の緩和や制度の前倒しを求める声が上がっていました。

こうした状況の下、オンライン授業で著作物を円滑に利用できるように、さまざまな動きがみられるようになっています。

文化庁によりますと、制度の前倒しと2020年度の無償利用を認めることが決まり、手続きを経て、4月末ごろに施行となる予定とのことです。

つまり、オンライン授業で著作物を利用することに壁があったわけです。著作権法にくわしい唐津真美弁護士に聞きました。

●「許諾を得ることなく著作物を利用できる」場面がある

――どうしてこれまでオンライン授業で著作権を利用することに「壁」があったのでしょうか。

「その前に少し長くなりますが、著作権の説明から入りたいと思います。そもそも著作権とは、著作権者が他人に対して『自分の著作物を勝手に利用するな』と言える権利です。

たとえば、著作権の中に『複製権』という権利があります。著作権者が他人に対して『自分の著作物を無断で複製するな』と言える権利です。

そのため、著作物を『複製』したい人は、著作権者から許諾を得る必要があります。

一方で、著作権法は、法律を原則通りに適用すると、かえって著作物の活用や文化の発展に悪影響があると思われるような場合について、著作権者に許諾を得ることなく著作物を利用できると定めています。

これらの規定は『権利制限条項』と呼ばれています。たとえば、『引用』や『私的利用目的』のことです」

●対面授業では「映像、資料を許諾をとらず遠隔地に同時中継できる」

ーー教育においては、どのような規定となっていますか。

「教育において、すぐれた創作物を利用することは、『情報の豊富化』という著作権法の趣旨に照らしても、また新たな創作活動を促すという意味でも、重要だと考えられています。

この観点から、著作権法は教育における著作物の利用に関する権利制限規定を設けています。

もともと、著作権法35条は、教育機関が対面授業のために著作物を『複製』することを認めていました。教師が授業の教材として資料をコピーして、教室で配付する行為がこれにあたります。

さらに、2003年の著作権法改正によって、対面授業の映像や授業で使用した資料を遠隔地に同時中継することも許諾を得ずにできるようになりました。

なお、法律の適用で受ける教育機関は、原則として『非営利』であることが必要です。

規制緩和の一環として営利企業である株式会社による学校経営が可能になったことに伴い、学校運営の範囲においては株式会社にも適用されることになっていますが、予備校、塾、カルチャースクールは含まれません」

●オンライン授業実施で立ちはだかった「著作権の壁」

ーーオンライン授業の実施にあたり、「著作権の壁」があるとして問題となっていました。

「現行の著作権法では、対面授業の同時配信以外のオンライン送信については規定がありません。

また、オンライン授業にあたっては、教師が他人の著作物を用いて作成した予習・復習用の教材を生徒や学生にメールで一斉送信したり、授業用のサイトに教材をアップロードしたりすること、つまり教材の『公衆送信』もおこなわれると予想されます。

しかし、現行の著作権法のもとでは、このような形態での著作物の利用については、『引用』などほかの権利制限規定で認められない限り、著作権者の許諾を得ることが必要です。

この点が、オンライン授業をおこなううえで立ちはだかる『著作権の壁』といえるでしょう」

●補償金の支払いを条件として、著作物の利用可能に

ーー2018年5月に公布された改正法では、どのようなことが変わったのでしょうか。

「デジタル・ネットワーク技術の進展によって、新たに生まれるさまざまな著作物の利用ニーズに対応するために権利制限条項が見直されました。

教育に関しても、タブレットを利用した個別授業などの教育の情報化に対応した改正がおこなわれました。

具体的には、補償金の支払いを条件として、教師が他人の著作物を用いて作成した予習・復習用の教材を児童生徒等にメール送信することや、オンデマンド授業や対面授業を伴わないリアルタイム配信授業のために教材をインターネット送信することが、権利者の許諾なくおこなえるようになりました。

また、従来から認められていた対面授業の同時配信は、補償金の対象外であることも明確になりました。

ところが、この改正法は公布日から3年以内(2021年5月24日まで)に施行することになっているものの、この取材の時点(4月7日)ではまだ施行されていません。

現在効力を持っている著作権法は改正前の法律なので、先ほど説明した『著作権の壁』はまだ存在していることになります。オンライン授業で利用したい個々の教材について著作権者の許諾を得られれば問題はないのですが、これも現実的には難しいと思われます」

●施行後も、利用する教育機関側は配慮を

ーー著作物を円滑に利用できるように、文化庁が通知(3月4日付)を出すなど、さまざまな動きがみられます。また、予定を大幅に早めてこの4月中に政令を改正し、上記改正法が施行されると報道されています。

「困難な状況に対応しようと関係者の皆さんが尽力してくださる姿には、励まされる思いです。

『授業目的公衆送信補償金等管理協会』(SARTRAS)を構成する著作権等管理事業者・関係団体やJASRACなど、複数の団体が柔軟な対応をとることを表明しました。また、SARTRASが2020年度に限り、補償金を無償とする方針を固めたとのことです。

一方で、利用する教育機関側にも配慮が求められます。改正法は、オンライン授業等における著作物の利用は『必要と認められる限度』に限られると定め、利用の態様が著作権者の利益を不当に害さないことを求めています。

改正法施行前に、緊急対応としてオンライン授業をおこなう場合も同様に考えるべきでしょう。

あくまでも授業に必要な範囲で、またアクセス権限の管理などセキュリティにも十分に配慮して利用し、権利者側の好意を仇で返すことのないように留意してほしいと思います」

●「米国型フェアユースの導入」は必要か

ーーこのような問題が表に出るたびに「米国型フェアユース」制度を導入するべきではないかとの声があがります。どう考えますか。

「米国型フェアユースとは、米国の著作権法上の制度で、著作物の性質や、使用の目的・性質等の要素を考慮して『公正利用』(フェアユース)と認められる場合には著作権侵害にはならないという包括的な規定です。

たしかに、新型コロナウイルスの蔓延のような想定外の事態が発生したときには、迅速な対応をするためにフェアユースの規定が有意義であるようにも思えます。

しかし、緊急事態の中で作った法律も、その後廃止されるまでは長年にかかって効力を有する可能性があるので、迅速な立法が良いとは限りません。

漫画家をはじめとする権利者の寛容と、利用者の作品に対するリスペクトの間で、同人誌など、著作権法的にはグレーなコミケ文化が豊かに育まれてきたように、この社会には、著作物についての絶妙なバランス感覚があると思います。

オンライン授業に伴う著作権法上の問題については、引き続き、著作権者と利用者がバランスを取りながら、子どもたちや学生の学びの機会を守る解決策を見出すことを期待したいと思います」

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