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「被告人の権利を守れるのか」史上最長約200日の「裁判員裁判」で浮き彫りになる課題
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「被告人の権利を守れるのか」史上最長約200日の「裁判員裁判」で浮き彫りになる課題

記録を大幅更新する「過去最長」の裁判員裁判が4月16日、神戸地裁姫路支部で始まった。初公判から判決(11月8日)までは207日となる見通しだ。これまでは九頭竜湖女性殺害事件(福井県)の160日が最長だった。

報道によると、裁判の被告人は、元パチンコ店経営者の男性。2010〜2011年にかけて、2人を殺害、1人を死なせたなどとして、12件で起訴され、うち7件が裁判員裁判の対象になっているという。

男性は容疑を否認している上、3人中2人の遺体が見つかっていない。NHKによると、100人前後の証人が呼ばれる予定で、審理は週4回ペースになるという。このため、裁判員候補501人のうち421人が仕事の都合などで辞退したそうだ。

●裁判員裁判「被告人に不利益な状況」となる6つのポイント

過去最長の裁判員裁判で、裁判員にはどんな負担がかかると考えられるだろうか。裁判員制度に否定的な猪野亨弁護士は、以下の6つのポイントをあげる。そして、その負担を軽くするために、被告人に不利益な状況が生まれていると指摘する。

(1)裁判員の属性が偏る、(2)裁判員の心身の負担、(3)遺体写真などによる精神的なショック、(4)辞めたくなっても裁判員は辞退できない、(5)裁判員に課せられた守秘義務のプレッシャー、(6)裁判員裁判にかかる費用の大きさ

●(1)裁判員の属性が偏る

【猪野】今回は、裁判員候補501人に呼出状を送ったということですが、200日間も裁判員裁判に掛かりきりになれる人はそう多くはありません。辞退する人が多くなると想定して501人もの候補者を呼び出しているわけです。

しかし、仕事を持っている人たちは辞退するので、結局は退職後の高齢者、主婦などの無職者、フリーターなど特定の層に偏ることにならざるを得ません。無作為抽出と言いながら、選ばれる層は偏るのです。

●(2)裁判員の心身の負担

【猪野】裁判員制度施行後の見直しにより「審理期間が著しく長期で、裁判員の確保が困難と裁判所が認める」事件は、裁判員裁判の対象から外せるようになりました。

それでも今回、裁判員裁判をやるということは、200日では「著しく長期」ではないということなのでしょうか。私には十分「困難」だと思えます。

200日も拘束されるとなると疲労・心労はかなりのものになるはずです。200日は恐らく余裕(予備日)をもったスケジュールであり、すべての日数が必要になるかはわかりません。しかし、逆に審理期間が足りなくなった場合(途中で病気による遅延があった場合などもある)は延長しなければなりません。

裁判員の負担を考え、「長期化はまかりならん」という論調が一部マスコミにはありましたが、刑事裁判においては「被告人の適正手続」の保障をないがしろにするわけにはいきません。裁判員の負担と被告人の利益の「調和」の問題ではなく、「被告人の利益が優先」なのは当然です。

加えて、次から次へと審理が進みますから、裁判員には膨大かつ専門的な情報が詰め込まれることにもなります。

母親が入院中の子どもの点滴に水道水などを混入させた「点滴混入事件」で、この母親は代理ミュンヒハウゼン症候群(MSBP)と診断されています。判決後の記者会見(2010年)で、ある補充裁判員はMSBPについて「まだはっきりと理解できない点もある」、別の裁判員は「かなり工夫して説明していただいたので理解できた」と述べたと報じられています。難解な医学用語など専門用語が飛び交う裁判では、裁判員が理解できたかどうかが鍵を握りますが、しかし実際にどの程度、理解されたかなど検証しようもないのです。

今回の事件は「遺体なき殺人」という専門家でも難しい論点なので、消化不良になるのは必至でしょう。

●(3)遺体写真などによる精神的なショック

【猪野】1つの事件は遺体がある殺人事件の審理ですから、遺体の状況の鑑定報告があれば、生々しい遺体の状況を見なければなりません。

もっとも、福島の裁判員裁判で遺体の生々しい写真を見たことで、PTSDになった元裁判員が国賠訴訟を提起しましたが(請求自体は棄却)、それ以来、「遺体の写真も見たくない」というのも広く辞退事由として裁判所が認めるようになりました。

また、カラー写真でなく白黒にしたり、イラストにしたりと裁判員の負担をかけない方法も取り入れられました。

ですが、そもそも本来の証拠でないイラストでいいのでしょうか。白黒写真でも分かりにくいものになるのは避けられません。裁判員のためという理由で、刑事裁判における証拠の扱いが粗雑になっています。

●(4)辞めたくなっても裁判員は辞退できない

【猪野】裁判員が途中で体調不良になるなど、1人でも欠席すれば裁判は開けません。その分、遅延することになります。復帰の見込みがなければ補充裁判員を充て、その裁判員は解任することになります。

裁判員は、途中で辞めたいと思っても辞められません。裁判員は義務として位置づけられているからです。もっとも、(個人的な理由も含め)どうしても辞めたいと言えば、恐らく裁判長は解任します。建前を通して絶対に辞められないという運用にしてしまうと、裁判員のなり手がなくなるからです。

以前、報道では居眠りをしていた裁判員が解任されたものがありましたが(理由は非公表)、居眠りをしていた裁判員も悪気があったとは思えません。次から次へと情報が詰め込まれるわけですから、眠くなるなという方が酷です。

また、補充裁判員の運用にも疑問があります。上記のように途中で出番があればまだしも、最後まで出番がない場合もあります。まったく出番がないままに傍聴だけを続けるのです。

それではあんまりだということで、過去には裁判長が法廷で補充裁判員に質問させたこともありました。ただし、これはこれで法的な根拠がなく問題があります。

●(5)裁判員に課せられた守秘義務のプレッシャー

【猪野】今回の裁判で、裁判員は200日も拘束されますが、法廷でのやり取りを除く、評議でのやり取りは「守秘義務」が課せられているので(違反すると最高6か月の懲役)、たとえ家族であっても話してはなりません。これだけ膨大な量になれば、どこまで話して良いのかどうかなど判断もつかなくなるでしょう。

●(6)裁判員裁判にかかる費用の大きさ

【猪野】裁判員には旅費日当が払われますが、上限は1日1万円とされています。仮に1万円とすれば、今回の場合、裁判員6名、補充6名と考えて単純に計算すると、審理76回、評議などで40日(推計)とすると、約1392万円(ただし、補充裁判員は順次、解任されていきます)もの予算を使うことになります。

裁判員裁判の場合、莫大なコストがかかっていますが(年間で裁判員の旅費日当30億円強、裁判員全体予算は年額50億円強)、こうした事実は国民の間で共有されているのでしょうか。

●「裁判員の負担を軽減することばかり強調」被告人の権利が制限されている?

【猪野】裁判員の負担やコストは大きなものです。そもそも裁判員制度は、国民的な議論も十分にないまま義務として始められてしまったことに大きな問題があると考えます。

また、そのため、裁判員の負担を軽減することばかりが強調され、その結果として、被告人の権利を守る上で重要な「刑事裁判における適正手続」が後退させられてしまっていることこそ、裁判員裁判の重大な欠陥です。

【編集部より】本文を一部修正しました(6月18日)

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

猪野 亨
猪野 亨(いの とおる)弁護士 いの法律事務所
札幌弁護士会所属。離婚や親権、面会交流などの家庭の問題、DVやストーカー被害、高齢者や障害者、生活困窮者の相談など、主に民事や家事事件を扱う。

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