喧嘩の仲裁に入った人が、やめさせるために暴力を振るってしまった場合、その人は「加害者」になってしまうのでしょうか。スナックで接客中、もみ合いになった客の喧嘩をやめさせるため、「男性客を殴ってしまいました」という人が、弁護士ドットコムの法律相談コーナーに質問を寄せました。
相談者は殴って仲裁したつもりでしたが、それで終わりませんでした。「今度は、私が殴られ店もぐちゃぐちゃになり、警察を呼びました」という事態に発展。顔に傷、胸にアザもできたそうです。「先に手を出したのは私ですが、この男性を訴えることはできますか」と聞いています。
今回のケースでは、「仲裁のため」という理由があったとして、民事上で相手側に治療費を請求することはできるのでしょうか。あるいは、先に手を出した側として、刑事事件に発展する可能性もあるのでしょうか。相談者はどのように対応すべきなのか、山本明生弁護士に聞きました。
●治療費を請求することはできる?
「一般的に、殴られて怪我をさせられた場合には、相手方に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、治療費や慰謝料を請求することができます。しかし今回のような場合、相手方は自らの行為が相談者の暴力を止めさせるための正当防衛(民法720条1項)であり、責任を負わない旨を主張すると思われます」
今回のようなケースでも、その男性の行為が正当防衛だと認められる可能性はあるのでしょうか。
「民法720条1項本文では、『他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない』と定めています。
民法上の正当防衛とは、『自己又は第三者の権利を防衛するため』『やむを得ずに』加害行為をすることです。そして、今回のケースで言えば、防衛するための行為(殴り返したこと)が、相手の暴力が終わった後にやっていないこと。さらに、暴力にさらされる危険が差し迫っている、現に暴力行為が行われている、暴力が継続している場合にのみ正当防衛と認められます。
本件においては、相談者が喧嘩をやめさせるために殴り終えた後、相手方が殴り返してきたとあり、相手方の行為は、自分を防衛するためになされたものではないといえます。したがって、正当防衛は成立せず、治療費等の請求は可能であると思われます」
●刑事事件に発展する可能性は?
刑事事件に発展する可能性はあるのか。
「今回、相談者が殴ってしまったのは、喧嘩をやめさせる『仲裁のため』になされた行為です。そこで、正当防衛が成立するかどうかが問題となります。
刑法では『急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない』(刑法36条1項)と定めており、前述した民事と同様、自己又は他人の権利を防衛するためになされたことが必要です。
相談者が仲裁するに至った事情は明らかではありませんが、例えば、一方的にやられている人を助けるためにやむを得ず殴ったというような場合であれば、正当防衛が成立しうるでしょう。しかし、単にもみ合いになった客の喧嘩をやめさせるために殴ったというのであれば、正当防衛は認められないでしょう。
相談者の行為が刑事事件に発展する可能性はあるということになりますので、相談者としては相手方との示談も視野に入れておくべきであると思われます」