客引きに「4000円ポッキリ」と言われて店に入ったのに、会計のときに20万円を請求されたーー。そんな「ぼったくり被害」を防ぐために、東京弁護士会は6月から、歌舞伎町の商店街振興組合や新宿区と連携して、「ぼったくり被害110番」の取り組みを進めている。弁護士が歌舞伎町をパトロールして、ぼったくり被害の相談を受けたり、被害に遭いそうな人のもとに駆けつけて店側と交渉したりしている。どんな取り組みなのか、東京弁護士会の伊藤茂昭会長に聞いた。(取材・構成/並木光太郎)
●被害額のケタが一つ上がった
ーー「ぼったくり被害110番」を始めたのは、なぜですか。
「歌舞伎町でぼったくりの被害が急増している」と警察や地元の商店街から協力の要請があったからです。以前のぼったくりは数万円程度の被害が多かったと思います。その被害の単位が1ケタあがって、「3000円ポッキリと言われていたのに、30万円を請求された」など、極めて高額な被害事例が、今年に入ってから増えてきました。
地元の商店街の人たちの間でも、来日する外国人観光客は増えているのに、このままだと歌舞伎町は置いていかれてしまうという危機感がありました。ですから、真剣に街の浄化に乗り出したのです。
ーー警察だけでは防げないのでしょうか。
もちろん、警察の取り締まりも大切ですが、完全に問題が解決するわけではありません。警察にできることは、刑事犯罪としての摘発です。「やったらつかまる」ということで、違法な活動を下火にさせることはできるでしょう。
しかし、被害の救済や、被害防止の法律知識をもった交渉は弁護士の仕事です。被害者の望みは、「お金を返してほしい」ということです。ぼったくり業者を特定して、お金の返還を求めることは法律上請求権がありますが、実際にはなかなか困難です。そこで実際には、被害に遭わないように、「ぼったくりの請求に対して金銭を支払う必要はない」といった法的なアドバイスをすることが重要です。
ーー弁護士会として取り組む意義は何でしょうか。
被害からの救済は、個々の弁護士が対応できるかもしれません。しかし、未然に被害を防止するためには、現地に行って、常時パトロールをする必要があります。これは、非常に労力がかかります。
警察は職務で動いているので、パトロールしていれば給料をもらえます。ですが、個別の弁護士は個人事業主です。ぼったくり被害を防止できたとしても、個別の依頼者が「弁護士料を払います」ということにならないと、単なるボランティアになってします。ですから、公益的な仕事として位置付けて、弁護士会として活動する必要があると考えました。
●支払ってしまったら、被害の回復が難しい
ーー「ぼったくり被害」には、どんな特徴があるのでしょうか。
事後的に被害を回復することが、非常に難しい点です。ぼったくりの店舗は入れ替わりも激しく、いったんお金を支払ってしまうと、後から、誰に請求すればいいのかを特定することが非常に困難になります。
裁判をして取り戻そうとしても、請求するころには違う名前で営業しているといったことがよくあります。いつ、誰が、どこで、どんなサービスを受けて、その対価がどうだったのか、ということを全て証明する必要があるのですが、実際に裁判をするとなると、そのための費用が損害賠償額を上回ってしまうということもあります。ですから、未然に被害を防止することが何よりも大切です。
ーー被害を回復できるケースはないのでしょうか。
そうしたケースもあります。ぼったくり店に請求された金額を、現金ではなく、カードで決済した場合です。その場合、後から警察に被害届を出して、被害届の受理番号をカード会社に伝えると、カード会社が引き落としを止めてくれることがあるのです。ですが、ぼったくり店にお金が入らないわけではありません。カード会社はぼったくり店に支払い、被害者に請求できない分は保険でカバーすることになります。
結局、ぼったくり被害が被害者から保険会社に転嫁されるだけで、カード会社、もしくはカード会社の被害を補填する保険会社が被害者になるわけです。ぼったくり店は何も痛みを感じることなく、不当な利益を得るわけですから、問題が根本的に解決したとは言えないでしょう。
●支払う必要は全くない
ーー客にとって、どんなことに注意すればいいのでしょうか。
客引きについていかない、怪しいお店には入らないということが一番です。もし、入って飲食をしてしまい、不当に高い金額を請求されたら、決して支払わずに、その場で警察への110番あるいは「ぼったくり被害110番」に連絡してください。絶対に支払う前に助けを求めてください。
店側はこんな風に言ってくることがあります。「ほら、メニューや看板に金額が書いてあるでしょ。この金額が契約内容だ。これを支払わないと無銭飲食になる。警察に突き出すよ」。法的な知識がない場合、そんなことを言われると、「無銭飲食で警察につかまるぐらいなら、いくら払ってもこの場から逃れたい」と考えてしまう人もいます。これではまともな交渉になりません。正しい法的知識を得て対等な交渉をするために、弁護士が交渉に入る意義は大きいと思います。
ーーぼったくりは、法的にどのように位置づけられているのですか。
請求される金額で飲食するという契約が成立していないので、支払う必要は全くありません。契約というのは、お互いの意思が合致した場合に成立します。ですが、ぼったくりの場合、店と客の間に、そんな意思の合致があったとは言えないでしょう。
彼ら(ぼったくり店)の理屈は「ぼったくり条例でメニューを掲示しろと言われており、その通りにしている。条例に違反しないのだから、我々の請求は正当だ」というものです。しかし、法律家には当たり前の話ですが、条例に違反していないことと、民事上の契約が成立していることとは、まったく別の話です。彼らの理屈は法律的に全く通りません。
●「割に合わない商売だ」と思わせたい
ーー「ぼったくり被害110番」はどんな成果があったのでしょうか。
東京弁護士会の民事介入暴力対策特別委員会から40数名、法律相談センターから10数名の弁護士でチームを作って、6月から活動してきました。歌舞伎町の商店街振興組合さんから部屋を提供してもらい、そこに弁護士が待機して、繁華街をパトロールしていました。
被害を受けそうになっている人から連絡を受けたら、すぐに駆けつけて、店側と交渉しました。警察が本気で摘発に乗り出したこともあって、ぼったくり業者をかなり抑え込むことができました。そういう意味では、未然に被害を防止するという活動は、かなり成果があったと思います。
弁護士がパトロールしたり被害相談に対応することで、ぼったくり店に「牽制効果」が働くと、ぼったくり店で客に請求する額が下がり、それだけ店の利益幅が削られることになります。こうした活動を継続し、ぼったくり店を「割に合わない商売」にすることが、個別の被害救済を超えた、ぼったくり店撲滅のポイントだと考えています。
ーー被害を完全になくすために、どんな取り組みが必要ですか。
まずは、今やっている取り組みを、一時的なキャンペーンではなく、継続的に続けていくことだと考えています。手を緩めずに、「ぼったくり店なんか経営しても、経済合理性はない」という状況に追い込んでいくことが必要です。
警察のほかにも、さまざまな協力が必要だと考えています。以前、闇金融が横行したとき、口座と名簿と携帯電話が「闇金の三種の神器」と言われていました。ぼったくりの場合は、客引きと店舗と決済機能が「三種の神器」です。
客引き対策としては、行政と問題意識を共有し、客引き行為をより厳罰化してもらい、摘発を強化してもらうことが考えられます。店舗対策としては、ぼったくり店に店舗を提供するテナントのオーナーと問題意識を共有し、ぼったくりをするような業者には店舗を貸さないこと、貸してからぼったくりだと判明した場合は追い出すことが考えられます。決済機能対策としては、たとえばクレジットカード会社などと問題意識を共有し、加盟店契約の審査を厳しくしてもらうことなどが考えられます。
こうした対策を総合的に推進していくことによって、歌舞伎町に限らず、都内のすべての繁華街からぼったくりが撲滅され、だれもが安心して遊べる街にすることができます。2020年にオリンピック・パラリンピックの開催を控える東京の街づくりにとって、大切な活動になると信じています。