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「詐欺ではないと思った」受け子で有罪、上告趣意書を提出 弁護側は「故意」の認定めぐり批判
林大悟弁護士〈右〉と受け子の女性(2023年2月、弁護士ドットコムニュース)

「詐欺ではないと思った」受け子で有罪、上告趣意書を提出 弁護側は「故意」の認定めぐり批判

特殊詐欺で多額の現金を受け取り、一審、二審ともに有罪判決(詐欺罪)を下された事件の裁判で、被告人女性(43)の弁護側が無罪を訴え、2月20日、最高裁に上告趣意書を提出した。

女性は仕事を受ける前に「違法じゃないですよね?」と確認したことや「長らくうつ病で、思考・判断能力が低く、言葉巧みに虚偽の説明や病状に寄り添う言葉をかけられるなどした結果、正規の仕事だと信じた」(弁護人の林大悟弁護士)という。そのため「違法行為を行うことを認容しておらず、詐欺の故意がないから無罪である」と主張する。

2人の被害者がいる事件で、被害金額は計1800万円。被告人の両親(70代)は、被害弁償のために現在も働き、これまでに約200万円の被害弁償をしてきた。被害者2人からは、被告人の寛大な処分を求める嘆願書が得られている。

林弁護士らは「特殊詐欺の厳罰化に反対するわけではないが、それはあくまで本当にその人が悪いことだとわかっていて、主体的に関わっていた場合に限ります」と疑問を投げかける。林弁護士に詳しく聞いた。(ライター・高橋ユキ)

●弁護側の主張

弁護側の主張のポイントは、

(1)特殊詐欺は故意犯であり、受け子が詐欺行為をしているという認識を持っていなければ、受け子を詐欺罪で処罰することはできない             
(2)本件では、首謀者に騙されて詐欺だと思わずに被害者から金品を受け取っており、詐欺罪は成立しない

という点である。

●一審は懲役3年、二審は2年6月、現在は上告中

詐欺罪で起訴された被告人は一審・高知地裁で懲役3年の判決が言い渡され控訴。二審・高松高裁では懲役2年6月となったが、無罪を求め現在上告中だ。

一審の高知地裁は「被告人が欺罔行為の詳細や送付された宅配便の中身が現金であることなどを認識していたとまでは認められない」と認定している。つまり、被告人が詐欺だという確定的な認識はなく仕事をした、と認めているのだ。もっとも、一審の争点である、詐欺の故意の有無について、未必の故意が認定された。

控訴審で弁護人は、被告人に故意が認められない証拠として、抑うつ傾向の人は詐欺脆弱性を有し、騙されやすい傾向があるとの心理学の論文や意見書などを提出したが、一審判決後の追加被害弁償を理由に懲役2年6月に減軽するのみで、故意は認められた。

被害者らには被害弁償を行うなかで、被告人の置かれていた状況を伝え、厳罰を求めない意向も得られたが、やはり実刑判決となっている。

●「違法だったらやりません」という気持ちのあらわれ

林弁護士は一審・二審の判断について、次のように疑問を呈する。

「裁判所は、被告人が首謀者から仕事の内容について虚偽の説明をされたこと、荷物がお金だったことも分かっていなかっただろう、ということを認定しています。にもかかわらず、怪しい取引に関与していたことは“通常であれば”認識できたはずだ、と判断しているのです。

さらに被告人が首謀者から説得を受けた後、「違法じゃないですよね」と念押しをしたことを、裁判所は『違法かもしれないと思っていた、ということ』だと認定しています。

しかし『違法じゃないですよね』と念押しをすることは、『違法だったらやりません』という気持ちがあるから出てくる言葉だと思うんですよ。違法でも闇バイトでも何でもやって、手っ取り早くお金が欲しいと思っていたら『違法じゃないですよね』と念押しなどしないはずです」

さらに「1回3万円」という仕事を受けた被告人側の事情もあったという。

「裁判所は、見ず知らずの被告人に大事なものを運ばせることは、正規の取引として考えがたい、と。また、荷物を受け取り、誰かに渡すだけで一回3万円も貰えるという約束自体が普通ではないと判断しています。

しかし、被告人は正規のお仕事がなかなかできない病状のため、夜の仕事をしていたことがあり、一回3万円という報酬は彼女の中ではさほど違和感のない金額だった。『金銭感覚が麻痺していた』と本人は言っていますが、そういう個人の特殊事情もあるんですね」

被告人は“仕事”を受けることを了承し、1日目の事件に関与した直後、かかりつけのメンタルクリニックで主治医に「仕事をしました」と伝えており、これはカルテにも記録されている。「彼女がそれを“仕事”だと認識していたという証拠」であると林弁護士は言う。

●「未必の認識があっても、認容がなければ故意とは言えない」

事件の争点は、詐欺の故意が認められるか否か。一審、二審では詐欺の故意は認定されたが、弁護側はこれに異を唱える。

「刑法上の故意とは、犯罪事実の認識・認容のことです。今回の事件で言えば、(1)詐欺であるという事実の認識、(2)詐欺であるけれど、それでも構わないと考えること(認容)を指します。

そのため本来は、特殊詐欺かもしれないという認識だけでは『故意』があるとはならず、『認容』も必要なんですね。特殊詐欺かもしれない、受け子の仕事かもしれない、漠然と何かしら違法かもしれないという『未必の認識』があったとしても、『認容』がなければ故意とは言えません。認容とは『違法かもしれないけど構わない』と考えること。

少なくとも『違法じゃないですよね』って聞くことは、『違法ならば、やらない』という気持ちで聞いたものです。だとすると『未必の認識』は、違法じゃないかと聞くその時点であったかもしれないが、『認容』はないことを示している。

にもかかわらず裁判所は『未必の認識はあった』と認識だけを認定し、故意の成立を認めてしまっているんですね。いつから裁判所は、故意の定義を認識・認容ではなく、認識だけにしたのか。これが我々の上告の一番のポイントです。

裁判所は、嘘をついている首謀者に虚偽の説明をされていることは前提としながら、でも被告人も違法であると少しでも分かってたでしょう、通常おかしいと思いますよね、とそこだけに焦点を当てている状態です」

●故意の認定を緩めて厳しく処罰「冤罪のリスクを認めることになる」

さらに裁判所による「詐欺撲滅キャンペーン」にも、疑問を投げかける。

「特殊詐欺では首謀者が捕まりづらいため、特殊詐欺撲滅キャンペーンとして、末端の人だけでも捕まえて、前科なくても一発実刑だぞ、と厳罰にして、周りの人に対する見せしめにする。

詐欺撲滅キャンペーン自体は否定していません。ただ、それはあくまで本当にその人が悪いことだとわかっていて、主体的に関わっていた場合に限ります。その人が犯人でかつ故意もあったことが“慎重に”検討された上で判断できた場合に厳しく処罰するのは賛成です。

しかしキャンペーンの中身が、怪しいものに客観的に関与していれば故意の認定を緩めてでも厳しく処罰する、というものであるならば、絶対反対です。それはもう冤罪のリスクを認めることになるわけですから」

特殊詐欺で末端を担う者たちに対して首謀者らは、正確な説明をしないまま、また今回の事件のように騙したうえで“仕事”を課する場合がある。この現状を無視し続けながら『一般予防』として末端の者らを刑務所に送るばかりの詐欺撲滅キャンペーンでは、首謀者らが増長するばかりで、根本的な解決は望めない。

【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)、「逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白」(小学館新書)など。好きな食べ物は氷

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