女性の下半身に向けてカメラを構えた行為は、東京都迷惑防止条例が禁じる「人を著しく羞恥させ、 人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」にあたるのか——。最高裁第1小法廷(安浪亮介裁判長)は12月5日付の決定で「卑わいな言動にあたる」と判断し、被告側の上告を棄却した。
問題となったのは、東京都内の店舗で、小型カメラを手に持ち、膝上丈のスカートを着用した女性客の左後方に近づき、前屈みになった女性客のスカートの裾と同じくらいの高さで、その下半身に向けてカメラを構えるなどした行為。
今回の最高裁の判断は、どのような影響があるのだろうか。迷惑防止条例にくわしい鐘ケ江啓司弁護士に聞いた。
●何が卑わいな言動かは時代により変化する
今回の最高裁の判断を理解するためには、平成20年11月10日の最高裁判例を知る必要があります。
この判例は、北海道迷惑防止条例における「卑わいな言動」について、以下のとおり判示しました。
「ショッピングセンターにおいて女性客の後ろを執ように付けねらい、デジタルカメラ機能付きの携帯電話でズボンを着用した同女の臀部を近い距離から多数回撮影した本件行為(判文参照)は、被害者を著しくしゅう恥させ、被害者に不安を覚えさせるような卑わいな言動に当たる」
無断撮影行為が「卑わいな言動」に該当するかどうか、撮影態様、対象、時間といった事情を総合考慮するもので、他の都道府県の迷惑防止条例の解釈にもあてはまると考えられてきました。東京都の迷惑防止条例に関する今回の決定もこの判断手法を踏襲していると思います。
——今回の最高裁の判断の意義は、どのような点にありますか
第一に、平成20年判決より執拗ではない態様で、かつ撮影行為でなく、カメラを構えた行為について「卑わいな言動」と認めたことです。
これまでは平成20年判例が限界事例と見られていましたが、何が卑わいな言動かは時代により変化します。無断撮影行為に対する社会の意識変化を反映しているのでしょう。撮影しようとすること自体が卑わいな言動、ということです。
原判決では、被告人がカメラとわからないように偽装していたことや、撮影対象者の下半身に向けたカメラでスカート着用のAの臂部等を約5秒間撮影したこともあわせて、撮影対象者や周囲の人から見ても、 撮影対象者のスカートの中等を撮影しようとしているのではないかと判断される行為を行っているということから、「卑わいな言動」としましたが、最高裁はその部分を引用していません(ただし「などした」に含まれている可能性はあります)。
第二に、卑わいな言動かどうかは、無断撮影された人の「実際の認識」ではなく、無断撮影された「立場にある人」の認識、いわば「その立場であればこう思うだろう」という認識によることを明示したことです。
これは、「迷惑行為防止条例」が基本的に公共の場所の平穏を保護するものであることから導かれる帰結ですが、捜査実務では撮影された人の認識を重視するという理解もあったところを否定しています。
第三に、これは別の捉え方もあるかもしれませんが、「卑わいな言動」に該当するかどうかについて、当該行為を外形的に判断するものであり、過去の被告人の行為や内心を考慮するものではないと示したことです。
判示事項ではあくまで客観的態様を指摘しており、被告人の性別すら触れていません。これも重要なことで、撮影者が「いやらしい気持ち」で撮影したか否かで決めるものではないということです。撮影者の内心は、「正当な理由なく」の要件で考慮されます(第5条1項本文)。
迷惑行為防止条例の「卑わいな言動」該当性判断については、実務上の取り扱いにぶれがありましたので、この最高裁判例を踏まえて取り扱いが統一されることを願います。
——今後の課題はありますか
第一に、この「卑わいな言動」に該当するかどうかが総合考慮になるので、何が処罰され、何が処罰されないか不明ということです。
今回のケースでも、「(人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような)卑わいな言動」にあたるのか疑問を持たれる方もいると思います。これは、罪刑法定主義(憲法31条)に反しないか、国民の予測可能性の確保という観点からは疑問が残ります。
第二に、そのあいまいさ、処罰範囲の広範さゆえに、現場の警察官が迷惑防止条例違反として立件するかどうかにより、処罰の有無が決まってしまうという問題があります。現状でも、警察官が何を立件して、何を立件しないのか不透明な状況なので、立件すべき案件が立件されずに、処罰に不公平が生じるのではないかと危惧しています。