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「存在自体が強烈なメッセージ」釈放された死刑囚・袴田巌さんを描くドキュメンタリー
映画『袴田巖 夢の間の世の中』より。袴田巌さん(左)と秀子さん=提供写真

「存在自体が強烈なメッセージ」釈放された死刑囚・袴田巌さんを描くドキュメンタリー

静岡の一家4人が殺害された事件の被告人として死刑判決を宣告され、冤罪を訴えながら約48年間を獄中で過ごした袴田巌さん。その釈放後の「日常」を追ったドキュメンタリー映画『袴田巖 夢の間の世の中』(金聖雄監督)が、東京・東中野の映画館「ポレポレ東中野」で上映されている。319日からは、袴田さんの故郷・静岡や愛知でも公開され、順次全国に広がっていく予定だ。

袴田さんは裁判で一貫して無実を主張してきたが、1980年に死刑が確定。その後も再審を求め続け、20143月にようやく再審開始と即日釈放が決まった。しかし、死刑執行におびえる日々は袴田さんの精神をむしばみ、「拘禁反応」という形で爪痕を残している。

映画は、釈放2カ月後の20145月から20159月にかけて撮影。「支離滅裂」な言動も含め、袴田さんのありのままを映しながら、姉・秀子さんと静岡県浜松市の家で暮らす中で、袴田さんの「妄想の世界」が、日常という「現実の世界」にゆっくりと包み込まれていく様子を描いている。

トークショーのため、ポレポレ東中野を訪れた金監督に話を聞いた。

無表情の袴田さんが見せた、初めての表情

メガホンを取った金監督は、釈放が決まったときに無表情だった袴田さんと、満面の笑みだった秀子さんとの対比が印象に残ったという。「この2人、48年ぶりにどうやって日常生活を送っていくんだろうか」。そんな思いから撮影が始まった。

しかし、撮影は難航を極めた。釈放後、入院した袴田さんを訪ねても、面会謝絶が続く。「行っても『来てくれるな』と。特に男性はダメで、男の医者には見させない。やっぱり拘置所って男ばっかり。そういう威圧感があったんだと思います」

退院後もめげずに自宅に通い続けたが、「巌さんは本当に変化がなく、自宅に行ったら、できるだけ視界に入らないようなところから撮影をしていましたね」。

変化が見えるようになったのは、半年ほど経ってから。きっかけは袴田さんが獄中時代に趣味にしていた将棋の対局だった。「巌さんが勝った時に、『ニヤァァ』となって、こっちは初めて表情が出たなと思うとともに、憎たらしくなって」と金監督は笑う。結局、金監督は73戦して全敗だったという。

妄想の世界では権力者として、世界平和を目指す

将棋を指し始めてから、袴田さんはカメラに向けて、さまざまな表情を見せるようになった。しかし、「僕らも、どんどん回復していくかなと楽観視していたんですけど、巌さんはどうしても自分が作り出した精神世界に戻ってしまう」。

精神障害を抱える袴田さんは、受け答えはできるし、一見するとどこにでもいるような高齢者だ。しかし、時に松尾芭蕉や警視総監、裁判官などを自称し、「イリスト風味パン」という架空の食べ物を要求したり、「袴田事件は終わったんだ」「もう冤罪なんてないんだ、死刑制度はないんだ」などと発言する。

金監督も当初は戸惑ったという。ただ、話を聞くうちにこう思うようになったという。

「巌さんが作っている世界の中では、とても理屈が通っているんです。彼は権力に一番苦しめられたんですけど、自分の作り出した世界の中では絶大な権力を手に入れて、冤罪をなくす、事件をなくすということをやってきた。自分が世界平和を実現するんだとおっしゃっているんです」

「巌のことを引き受けたことも含めて、全部自分の人生」

金監督が「この映画のもう一人の主人公」と呼ぶのが、袴田さんの姉・秀子さんだ。

「メディアでは、『50年間、弟を支え続けて、弟のために人生を捧げてきた』と言われることが多い。でも、お姉さんはそう言われるのがあまり好きじゃないみたい。『巌のことを引き受けたことも含めて、全部自分の人生なんだ』って。『私は私の人生を生きて来た。巌が帰ってきたことは嬉しいけれど、自分は自分を生きていくんだ』とおっしゃっていました」

そんな秀子さんの生き方が表れているのが食卓のシーン。秀子さんは袴田さんの食事を用意するが、食べるときは2人別々のテーブルだ。

「『ああいう距離感だよ』と共感される方が大勢いました。お姉さんはお姉さんで好きなことをする。でも、巌さんのことを一番に思っていて。巌さんがああいう状況だということも含めて、全部受け入れた上で、巌さんがやりたいということは絶対に『NO』って言わないんです」

映画では、秀子さんが冤罪について語るシーンもある。秀子さんは、昔はたくさんの冤罪事件があり、みんなが泣き寝入りしてきたのではないかと言う。しかし、弟の袴田さんについては、「そうはいくかよ」と豪快に笑ってのけるのだ。

袴田さんは今も死刑囚のまま

映画を通して金監督が伝えたかったことは2つ。

1つ目は、「どうして袴田さんはああならざるを得なかったんだろうか」ということ。

「殺人をやっていないにもかかわらず、ああいう状態になって、48年間閉じ込められてきた。それを強いてきた権力はなんてひどいんだろうか。僕らは警察、裁判所はいつも正しいことをやるものだと思っているけれど、全然そんなことはない」

しかし、劇中では、極力事件のことは解説しないようにした。「巌さんの存在自体が強烈なメッセージ」だと思ったからだ。

そして、もう1つは、「どんな過酷な状況でも、人間には一歩一歩前に向かう力がある」ということ。およそ半世紀という長い年月の末、ようやく「日常」を手に入れつつある2人の姿が、人間の「生きる力」を雄弁に物語っている。

袴田さんは310日に80歳の誕生日を迎えた。釈放されたものの、検察庁が即時抗告したため、今も死刑囚のままだ。支援者らは、一刻も早い再審無罪を願っている。

金監督は「映画を一人でも多くの人にみてもらって、死刑回避の一助になればと思っています」と話していた。

(弁護士ドットコムニュース)

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