水戸市でネイリストの女性が殺害された事件で、殺人などの罪に問われた元交際相手の裁判員裁判の初公判が9月14日に開かれ、被告が起訴内容を認めたと報じられました。
報道によると、検察側は冒頭陳述で、被告が女性から別れを告げられたが納得せず、着信を拒否されたことなどから「殺害して出会う前に戻り、人生をリセットしたい」と考えるようになったと指摘。紛失防止タグを仕込んだぬいぐるみを女性の実家に届け、持ち帰らせることで自宅を特定したとされています。
殺害されたとき、女性は妊娠5カ月だったとされています。出廷した女性の夫は、生まれてくるはずだった子どもと妻を「一遍に失った。できる限り厳しい処罰を希望します」と述べたそうです。こうした事情は、罪にどのように影響するのか、簡単に解説します。
●お腹の子に対する殺人罪は成立しないの?
まず、心情的に納得できない方も少なくないと思いますが、胎児に対する殺人罪は成立しません。
刑法199条には「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する」とあります。
刑法上の「人」になるのは、母体から体の一部が出た時点だと解されています(大審院大正8年(1919年)12月13日判決)。
最高裁も、堕胎罪で特別に規定されている場合を除き、胎児は「母体の一部を構成するもの」として扱われていると述べています(最決昭和63年(1988年)2月29日)。
つまり、独立した「人」とは扱われていない、ということになります。
●堕胎罪は成立しうる
女性の同意なく堕胎させた者は、不同意堕胎罪に問われます(刑法215条1項、6カ月以上7年以下の拘禁刑)。
母体の中で胎児を死亡させることも、「堕胎」に含まれると解されています。
ただ、この罪に問うには、被告人が妊娠を知っていたことが必要です。
被告が妊娠を知っていたかは、今のところ報じられていませんが、仮に知っていたとすれば、殺人罪とは別に不同意堕胎罪が成立する余地があります。
ただし、報道をみる限りでは、今回の事件の起訴内容に、不同意堕胎罪は含まれていないようです。
●お腹の子の死は、刑の重さに反映される
もっとも、胎児も死亡したことは刑の重さを判断する上では重要です。
妊娠中の女性が殺害された事件では、「同時に胎児の命も失われ、犯情は非常に悪い」(福岡地裁平成25年(2013年)7月12日判決)など、胎児の死を重く見た判決などがあります(※ただしこの事件はストーカー殺人ではなく、懲役16年でした)。
殺害によって胎児の命も失われたという結果の重さは、殺人罪の情状として考慮されます。
今回の事件の法廷でも、生まれてくるはずだった男の子と妻を一度に失ったという夫の調書が読み上げられました。
●どのくらいの刑になる?
殺人罪の有期の拘禁刑は、上限が20年です(刑法12条1項)。
今回は、ストーカー規制法違反との併合罪(刑法45条)です。
他にも起訴されている罪があるかもしれませんが、現在報じられている範囲ではこの2罪しか確認できませんでした。
今回の事件では警告や禁止命令は出ていなかったようです。そこで、禁止命令に違反した場合の重い類型(2年以下の拘禁刑)ではなく、法定刑は1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金と考えられます。
有期刑を選ぶ限り、上限は2つの罪の上限を足した21年になります(刑法47条ただし書)。
21年では足りないと裁判所が判断すれば、無期拘禁刑を選ぶことになります。
無期を選んだうえで情状により減軽すれば、7年以上30年以下の有期刑にできます(刑法66条、68条2号、14条1項)。
今回の事件では、22年から30年の判決は、いったん無期を選んで減軽した場合にしか出ません。
●過去の事例はどうだった?
過去のストーカー殺人では、2013年の三鷹のストーカー殺人事件が求刑無期に対し懲役22年でした。
2020年の沼津の女子大学生ストーカー殺人事件は求刑無期に対し懲役20年でした。
いずれも被害者1人で、無期にはなっていません。
しかし、今回はさらに、被害者が妊娠中で、胎児の命も失われました。この点を重視すれば、さらに重い刑となる可能性もあります。
●弁護側の「精神状態」の主張の意味は?責任能力に影響する?
弁護側は冒頭陳述で、被告が事件前に「精神状態が普通ではないと感じ、臨床心理士に相談していた」と述べました。
今後の裁判で、被告が心神喪失や心神耗弱(刑法39条)による無罪や減軽などを求める可能性はあると思います。
精神の障害によって、物事の善悪を判断する力(事理弁識能力)または、その判断に従って行動する力(行動制御能力)を失った状態は、心神喪失として罰せられません(刑法39条1項)。
これらの能力が著しく低下した状態が心神耗弱で、刑が減軽されます(同条2項)。
つまり、精神の不調があったかどうかだけで決まるのではなく、その不調の影響で善悪の判断や行動の制御ができない状態だったかが問題になります。
被告は、紛失防止タグで女性の自宅を突き止め、宅配業者を装って玄関を開けさせ、犯行後は凶器を川に捨てたとされています。
こうした行動からは、善悪を判断し、それに沿って行動する力があったようにみえます。
今後裁判に提出される証拠などにもよりますが、臨床心理士に相談していたという事情だけでは、心神耗弱が認められる可能性は低いと考えられます。
小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)