「人生で、まさかこんなに借金で苦しむことになるとは思いもよりませんでした」
そう嘆き、深いため息をついたのは、大塚かおりさん(60・仮名)だ。
品のある佇まいの彼女は、東京で生まれ育ち、大学卒業後に大手総合商社へ就職。メーカー勤務の男性と結婚して寿退社し、専業主婦として3人の子どもを育て上げた。両親と妹家族とともに三世帯住宅に暮らし、はたから見れば理想的な家庭を築いていた。
だから当初は夫と離婚しても問題ないと思っていた。だがその後、親の認知症、そしてコロナ禍と不運が重なり、あっという間に借金苦に陥る。
頭の中は「お金」に支配される日々。そんな生活から救ってくれたのは、専門家を通じた債務整理だったという。ギャンブルや放蕩ではなく、「普通の人」の身近にリスクは潜む。(ジャーナリスト・中村竜太郎)
●急いだ“熟年離婚”で人生がうまくいかず
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人生が大きく変わったのは、8年前の離婚だった。
単身赴任が多かった夫は、ストレスから家庭内暴力に及ぶこともあり、離婚自体は比較的すんなり成立した。
三世帯同居の戸建は両親名義だ。離婚すれば、夫が両親に払っていた家賃13万円は入らなくなる。
「離婚当時、末の子は高校生でした。成人までの生活費として月15万円のほか、大学の学費も負担する約束で、私もアルバイトをしていましたし、家のローンが終われば何とかなると、楽観的に考えていました。
でも離婚協議では、一刻も早く別れたい気持ちが強く、自分の蓄えもないのに、財産分配を夫に任せてしまった。本来はきちんとしなきゃいけなかったのに、愚かだったとしか言いようがありません」
●離婚から3年、徘徊を始めた父、母まで
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反省する大塚さんだったが、娘と犬3匹、さらに両親の世話に追われ、フルタイムで働くことは難しかった。
やがて予期せぬ事態が起きた。離婚から3年後、高齢の父親の徘徊が始まったのだ。
「あれ? いないな、と探すと、遠方まで出かけてしまっている。理由を聞いても意味不明で、どんどん状態は悪化していきました。
目が離せなくても、同じく高齢の母に面倒を見てもらうのは無理。私も限界で、特別養護老人ホームに入れることを決めました」
続いて母親まで介助が必要になり、両親2人を入居させた特養には毎月30万円支払った。
「両親の年金ではまかなえず、両親の通帳にも思ったほど貯金がありません。母のへそくりの100万円を金庫から見つけたときはホッとしましたが、それもすぐになくなりました。
やがてあちこちから請求がきて、支払いと借金がいくらなのか、わけがわからなくなって…。でも、本当は苦しいのに、無理して普通に見えるよう振る舞っていました」
●コロナで給与半減、キャッシングで火の車に
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追い打ちをかけたのがコロナ禍だった。
「出版社のアルバイトも始めましたが、すぐにコロナでリモートに切り替わると、給与は月10万円から半減しました」
日本政策金融公庫から120万円(教育ローン60万円・事業ローン60万円)を借り入れた。
専業主婦時代に銀行に融資を申し込んだら「安定した仕事と収入がない」と断られたので、会社を立ち上げ個人事業主として借りたが、それでも火の車。今度はカード会社のキャッシングに頼るように。
「はじめは普段から利用していたクレジットカード。リボ払いにしたらどんどん返済が苦しくなっていきました。生活費を捻出するために、別のカードで新たにキャッシングをしました」
それからは、借りては返す、払えないからまた借りる──その繰り返しだった。
「期限まで支払えず、融通をつけてもらうためにカードの窓口で相談したり、頭を下げて回りました」
●持ち家を手放せなかった理由
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とはいえ、持ち家という資産がある。なぜ手放さなかったのか。
「名義人である父の認知症が進行しているため、売れなかったんです。両親が亡くなったら手放す話もありましたが、ペット可の賃貸物件を探すのも困難でした。なにより当時、問題をスピーディに処理する気力がなかった。シングルマザーの妹にも頼れませんでした」
将来への見通しは立たず、不安だけが膨らんでいく。
「お金、お金、お金、とずっと焦りと不安を抱え、アクセサリーやバッグなど換金できそうなものを探して売りました。本当に、本当に、頭がどうかしてしまいそうでした」
●債務整理の基礎知識
いつしか、借り入れの総額は445万円になっていた。もはやひとりではどうにもできなかった。
借金が膨れ上がって約束通りに返済ができなくなった場合の対応として、任意整理や自己破産といった「債務整理」がある。
大塚さんは、弁護士による任意整理を選んだ。
冨本和男弁護士(本人提供)
債務整理にくわしい冨本和男弁護士が説明する。
自己破産は、裁判所を通じて資産と負債を清算し、原則として借金を返す必要がなくなる(免責)。一方で、手続には手間や時間がかかるほか、他人の財産に関する一定の仕事ができなくなるといったデメリットもある。
これに対して任意整理は、債務者の「お願い」と債権者の「承諾」により成立する処理で、月々の返済額の減額や将来利息のカット(あるいは利率の引き下げ)、利息制限法違反であれば減額を交渉することになる。
「借金が返済できず、他からも借金を借りざるを得なくなったら債務整理を検討したほうがよいと思います」
なお、債務整理をすると、信用情報登録機関に登録され、一定期間は、新たなローンやクレジットカードの作成が制限されることもある。
また、ときには悪質な貸金業者が弁護士と提携していることもあり、「毎月手数料を取られるだけで何も解決してもらえなかった」というケースもあったそうだ。
●「命を助けられた」
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大塚さんが続ける。
「法テラスは何カ月も先まで予約がいっぱいで、インターネットで法律事務所を探しました。債務整理で目指す目標を説明してくれて、返済までの道すじが明確になりました」
弁護士が借入先と交渉したことで、返済に追い詰められる日々から解放された。
「支払いのたびに頭が真っ白になる状況から抜け出せました。ひとりで問題を抱えていたので、相談に乗ってもらったことで一気に気持ちが軽くなりました。
本当に完済できるのかと気が遠くなりそうだったので、大げさではなく命を助けられたという思いです」
絞り出すように言葉を紡ぐと、大塚さんはぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「実はちょっと前に両親が相次いで老衰で亡くなりました。悲しいことですけど、正直、少しホッとした思いもあり、複雑な気持ちで心の整理がつきません。ただ、もしあのまま借金苦が続いていたら、自分自身どうなっていたのか、私にもわからないんです」
●専門家に相談してほしい
東京都千代田区霞ヶ関の東京地方裁判所(PIXSTAR / PIXTA)
日本では、弁護士への相談を「敷居が高い」と敬遠する人もいる。
米インディアナ州の弁護士チャーリー・ジュウェット氏は筆者の取材に、「経済的困難に直面している人は、しばしば無力で孤立している」と指摘する。
日本でもアメリカでも変わらないようだ。
「依頼者の中には、友人や家族に限らず、あらゆる方法でお金を借りてきた人がいます。
自分の状況を恥ずかしく感じる傾向があるため、法律事務所で相談することがあまりにも重く感じられたり、そもそも相談するという発想が思い浮かばなかったりすることもあります」
だからこそ、「ためらわず最初の一歩を踏み出してほしい」と呼びかける。
●生活問題で5000人以上が自死する社会
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借金で多くの人が命を落とす残酷な現実がある。
厚労省のデータによると経済・生活問題による自殺者は年間4000人以上で推移し、2023年には5000人を超えた。
「自分は借金苦とは無縁」と思っていても、思わぬ「まさか」が降ってくれば、誰しもが当事者になり得る。
享楽を謳歌する表の世界とは別に、物価高などで日々の暮らしに追われる世界もある。
大塚さんのようなケースを、他人事と切り捨ててよいのだろうか。
※この記事は、弁護士ドットコムニュースとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。