司法過疎地域にリーガルサービスを提供〜宮古島や石垣島で地域に密着した活動に取り組む
流通業界から弁護士への転身
ーー弁護士を目指したきっかけを教えてください。
大学卒業後、ローソンに就職し、フランチャイズオーナーの経営指導や商品開発に携わりました。やりがいのある仕事でしたが、次第に「これは自分でなくてもできる仕事ではないか」という思いが強くなりました。そんな時期に、ロースクール制度が導入されたのです。
自分にしかできない仕事を想像したとき、真っ先に思い浮かんだのが士業でした。資格を持ち、自分の顧客に直接サービスを提供する仕事というのは、まさに「自分じゃないとできない仕事」だと感じました。
当時、ロースクール制度には他業種からの転身者にも門戸を開くというコンセプトがありました。この方針を聞いて、弁護士を志すことを決めました。
ーー現在の事務所はどのような経緯で入所したのですか。
ロースクール時代に、司法過疎制度を学ぶ機会がありました。そこで、弁護士が少ない地域に弁護士を派遣する法テラスの取り組みを知り、法テラスへの就職を決めました。
最初の1年間は福岡県の事務所で経験を積み、その後、宮古島への派遣が決まりました。私は関西の出身で、沖縄には旅行で行ったことがあるくらいでしたが、美しい景色や温かい島民の方々など、宮古島のことがすぐに好きになりました。
法テラスでの任期は通常3年ですが、私にはあっという間でした。年間400件もの相談を受ける忙しい日々でしたが、島の方々に十分に貢献できていないと感じたのです。そこで任期の延長を申し出て、最終的に宮古島で7年間活動しました。
現在所属している事務所は、法テラスと同様に、過疎地域での活動に特化することを目的として設立された事務所です。宮古島で活動しているときに、ロースクール時代の同級生から「一緒にやらないか」と声をかけられ、その理念に共感して所属を決めました。
事務所がある浦添市自体は過疎地域ではありませんが、石垣島や宮古島などの離島と沖縄本島を結ぶ中継地点としての役割を持ちながら、過疎地域での活動を継続しています。
相談件数が多い離婚問題と刑事事件に注力
ーー現在注力している分野を教えてください。
沖縄県は他県と比べて離婚率が高いため、離婚や男女問題に関する相談が多く、自然とこの分野に注力するようになりました。特に、女性のDV被害に関する相談が多く寄せられます。
もう一つ注力しているのは刑事事件です。この分野は宮古島で働いていた頃から多くの相談を受けてきた経験があります。
宮古島には独特の飲酒文化があり、その影響で飲酒運転や酒席での暴力など、お酒に絡んだ事件が多くありました。その時に培った刑事事件への対応経験を活かし、現在も力を入れて取り組んでいます。
ーー弁護士として活動する上で心がけていることはありますか。
丁寧に話を聞くことと、わかりやすく説明することです。
経験を重ねると、話の冒頭5分程度で見立てができてしまうこともあります。しかし、相談に来る方々は、まず自分の話を聞いてもらいたいという思いがあるはずです。ですから、頭の中では見立てをしながらも、まずは依頼者の話に耳を傾けるようにしています。
また、依頼者は問題の所在や解決方法がわからずに相談に来ますので、単に法律家としての見解を述べるのではなく、依頼者が問題の本質を理解し、納得できる解決策を提案することが大切だと思っています。ですから、依頼者の要望を実現するのが難しいケースでも、頭ごなしに否定するのではなく、なぜ難しいのかという理由も含めて、丁寧に説明しています。
ーー民間企業での勤務経験が弁護士活動に活かされていることはありますか。
人々の価値観や考え方の多様性を理解し、それに適切に対応する能力を身につけられた点が大きいと思います。
学生時代は、無意識のうちに自分と似た価値観や趣味を持つ人々と交流することが多く、大きな意見の対立を経験することは稀でした。
しかし、社会に出るとそうはいきません。自分とはまったく異なる価値観を持つ人々と接する機会が増え、自分が正しいと信じていることでも、相手にとってはそうではないケースに何度も直面しました。
弁護士活動においても、依頼者や相手方が私の見解に同意しないことは珍しくありません。しかし、そのような状況でも冷静に対応できるのは、サラリーマン時代に経験した取引相手やお客様との交渉、社内での意見調整など、様々な人間関係での苦労が活きているのだと思います。
ーーこれまでの活動で印象に残っている案件やエピソードはありますか。
依頼者は若い男性で、子どもをこよなく愛し、子育てに熱心な方でした。しかし、転職を繰り返すなど、仕事に関してはルーズな面があったため夫婦関係に亀裂が入り、妻が子どもを連れて出ていってしまったのです。
依頼者は「どうしても子どもを引き取って育てたい」という強い思いを持って相談に来られました。しかし、子どもが未就学児であることを考えると、父親が親権を獲得するのは非常に厳しい状況でした。
私にも同じ年頃の子どもがいたため、依頼者の気持ちは理解できました。また、打ち合わせの際にお互いの子どもの話をするなどして、信頼関係も深まりました。
しかし、調停を進める中で、裁判所が父親に親権を認める可能性は極めて低いと判断せざるを得ませんでした。そこで、タイミングを見計らいながら、親権争いから面会交流の条件交渉へと方針を転換することを提案しました。正直なところ、依頼者の強い思いを知っていただけに、この提案に納得してもらえるかどうか、不安でした。
ところが、予想に反して依頼者は涙ながらに納得してくれたのです。「これだけ一緒に寄り添って、一生懸命になってくれている弁護士が言うのだから、そのとおりだと思います」という言葉をいただきました。この言葉に、私も深く感動しました。
最終的に、依頼者にとってより有利な面会交流の条件を獲得することで調停は終結しました。通常、私は事件に感情移入しないよう心がけているのですが、この案件は例外でした。依頼者が同世代であり、子どもの年齢も近かったため、共感できる部分が多くありました。また、依頼者が難しい決断を理解してくれたこともあり、とても印象に残っている案件です。
オンライン会議が普及しても直接会って話すことが大事
ーー休日はどのように過ごしていますか。
沖縄に移り住んでから10年以上経ちますが、出身が関西なので沖縄の文化は全く異なるところが多く、その違いを体感するのがとても楽しいです。沖縄県内の離島に旅行したり、本島内をドライブすることは今でも新鮮で、まだまだ発見が多いです。
また、沖縄にはお酒を楽しむ文化が根付いています。特に宮古島では「オトーリ」というお酒をまわし飲みする独特の文化があり、地元の人たちと一緒にお酒を飲むことも趣味の一つです。
沖縄は島ごとに方言や風習が異なるため、そうした文化や習慣を学びながら生活すること自体が、私にとっては楽しい休日の過ごし方になっています。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
司法過疎地域で活動し続けるという私自身の考え方や所属している事務所の理念は、これからも変わらないと思います。
最近は、裁判にWeb会議が導入されたり、依頼者との打ち合わせにもオンラインツールが活用されるなど、必ずしも過疎地域に常駐しなくても事件を受任したり裁判を進行したりすることが可能になりました。
しかし、だからといって過疎地域に法律事務所が不要になるとは考えていません。現地に赴き、膝を突き合わせて話をすることや、同じ地域で同じ空気を吸い、同じ食事を共にしている弁護士に相談したいというニーズは根強く残っています。
そうした人々のニーズに応え続けるために、これからも宮古島や石垣島など、過疎地域への出張を定期的に行い、法律問題で困っている方々の力になりたいと考えています。
ーー最後に、法律トラブルを抱えている方へメッセージをお願いします。
トラブルの渦中にいる方々は、その問題自体のストレスだけでなく、それがいつ解決するのかという不安も非常に大きいのではないかと思います。そうしたストレスや不安は、弁護士に相談することで解消できることが多いです。
法律問題は必ずしも望んだ通りの解決ができるわけではありません。しかし、先の見えない不安に苛まれ続けるよりも、問題に適切に対処し、終止符を打つことで、新たな未来への扉を開くことができるはずです。
今はどんなに苦しい状況であっても、明るい未来が必ず待っていると信じています。明日に青空が広がるよう、私も全力でサポートさせていただきます。どうぞお気軽にご相談ください。