一歩踏み出すことで道ができる。わずかな可能性からも活路を見出せる弁護士でありたい
生まれ育った新潟で、広く一般の方々にリーガルサービスを届けたい
生まれは新潟県新潟市です。3歳ぐらいまで長野市に住んでいたこともあるようで、その後も父は仕事の都合で、何度か長野市に単身赴任していました。
大学に進学するまで新潟市に住んでおり、その後、大学生時代に東京、ロースクール時代に京都に住んでいました。
司法試験に合格すると司法修習があるのですが、修習地として新潟を選択し、地元である新潟に戻ってくることになりました。
高校生まではサッカー少年で、それこそ毎日サッカー漬けでした。
高校を卒業して中央大学に進学し、ロースクールは同志社大学に行きました。中央大学のロースクールを第一志望で受験したのですが、不合格となってしまい、どこに行こうか悩んでいたところ、京都に住んでみたいという気持ちがあったので、同志社を受験しました。
学生でお金があまりなかったので頻繁には行けませんでしたが、社寺仏閣巡りは楽しかったです。特に、司法試験直前に参拝した北野天満宮の学問の神様には、今でもとても感謝しています。
ある映画を見たのが、弁護士を目指したきっかけ
高校1年生の時に、文系に進むか理系に進むかを決めなければならず、はじめは、理系に進もうかと考えていました。
しかし、ある時、父が借りてきたDVDを居間で見ていて(といっても、すでに父は居眠りしていましたが)、何となく自分も見始めました。
もともと映画を見る習慣はなく、2時間じっと座っていることさえ好きではないタイプだったにもかかわらず、その映画には自然に引き込まれました。
ジョン・グリシャム原作の「レインメーカー」という映画です。
映画では、マット・デイモン演ずる新人弁護士が、白血病で息子を亡くした親の代理人となって、死亡保険金を支払おうとしない大企業保険会社と闘うという内容でした。
その映画を見て、単純に、弁護士っていい仕事だな、格好いいな、と思ったのです。
影響されやすい性格なんですね。でもそうして、理系に進むつもりが文系に進み、当時の担任の先生の勧めで中央大学の法学部を目指し、そのまま弁護士を目指して今に至ります。
今もそのDVDを手元に持っています。見返すことはほとんどありませんが、自分の原点のような気がしています。
法律相談は、先入観をもたないで、お客様の話を聞く
法律相談で気をつけていることは、先入観をもたないでお客様の話を聞く、ということです。
何があるのか、実際どうなのか、分からないからです。
お客様のお話を、まずありのままに聞いて、その上で、客観的な証拠と照らし合わせて考えていくようにしています。
また、お客様が話しやすいような雰囲気を作るように心がけています。
裁判所では怒ることもありますが、お客様には、怖そうな先生だとか、話しづらい人だとか、そんな風に思われたことは、あまりないのではないかと思います。
いざとなれば、権力に立ち向かい、個人の人権を守るのが弁護士の大切な仕事
弁護士の仕事は多岐に渡りますが、いざとなれば、依頼者のために権力に立ち向かい、個人の人権を守るために尽力することが、弁護士の大切な仕事だと思います。
もちろん、事務所の経営のためや、自分の生活のためにも仕事をしなければなりませんが、お金だけの問題ではなく、権力と対峙しなければならない場面は弁護士ならあるでしょう。
そういう時に、きちんと自分の職務を全うできるように、普段から備えている弁護士でいなければならないと考えています。
休みの日には、畑仕事に没頭するのが楽しい
家の庭で、野菜作りをしています。今まで、じゃがいも、はくさい、ほうれん草、大根、ブロッコリーなどを作ったことがあります。
畑仕事に没頭することで、気分転換になってストレス解消にもなっているようです。
ひたすら畑を耕したり、草むしりをしたり、時には、子どもに邪魔されることもありますが、楽しんでやっています。

わずかな可能性があるのなら、そこから活路を見出すことに尽力する
特に印象に残っている案件があります。
フィリピンの女性と結婚していたある男性が亡くなりました。遺族であるご両親が、男性の生命保険や退職金が配偶者であるフィリピン女性に渡ってしまうことを、何とかすることができないかというご依頼でした。
普通に考えれば、その女性は男性の妻ですから、当然、男性の遺産を相続する権利があるのですが、実はフィリピンにも夫がいるのではという疑いがあったのです。
そのご遺族は、すでにいくつかの法律事務所に相談に行っていて、どこからも断られていました。
実際、当事務所にお越しになって、お話をお伺いして、私も難しい案件だとは思いましたが、調査した結果、フィリピンでは重婚が婚姻の無効原因であることがわかり、なんとかなるのではないかと考えました。
当事務所ではそのご依頼を引き受けて、婚姻が無効であると争いました。
ご遺族がフットワーク軽く、証拠集めにも協力していただいたことで、結果的に婚姻無効が認められ、ご両親は、息子さんの遺産を相続することができました。
このケースは一例ですが、このように、一見多くの弁護士が「無理筋」だと判断するようなご依頼でも、わずかな可能性があるなら、そこから活路を見出すことに、全力を尽くしたいと私は思っています。
「迷わず行けよ、行けばわかるさ」
これは、アントニオ猪木の言葉です。プロレスファンの間では非常に有名な、猪木が引退試合で引用した「道」という詩の一説です。
迷っていても、一歩を踏み出すことで、それが道になっていくという内容です。
お客様のために、わずかな可能性があるなら、そこから活路を見出したいという自分の弁護士としての考え方とも共通する部分があり、好きな言葉です。
もちろん、これは本当にダメだ、お客様のためにならない、というものは、弁護士として引き受けるべきではないと思います。
しかし、ちょっと無理筋だからと簡単に諦めるようなことはしたくありません。
可能性が少しでもあるなら、きちんと調べて、お客様をサポートできる道筋が見出せれば、迷わずそこに一歩踏み出せる弁護士でありたいと思っています。
