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櫻井よしこ氏の文章、裁判所はどう判断? 植村隆氏が敗訴した「慰安婦報道」訴訟
植村氏(11月15日、都内の報告集会にて)

櫻井よしこ氏の文章、裁判所はどう判断? 植村隆氏が敗訴した「慰安婦報道」訴訟

「間違いを認めていたじゃないか」ーー。そう思った人も多かったのではないか。

元朝日新聞記者の植村隆氏(韓国カトリック大客員教授)が、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と出版3社を名誉毀損で訴えていた裁判だ。札幌地裁は11月9日、植村氏の請求を棄却する判決を出した。

櫻井氏は、植村氏が過去に書いた従軍慰安婦に関する記事を「捏造」などと断定する文章を雑誌に寄稿。これが名誉毀損にあたるかが争われていた。なお、裁判では「捏造」があったかどうかは判断されていない。

●記事の「間違い」と「捏造」は別物

冒頭の「間違いを認めていた」は双方にかかる。順を追って説明したい。

まずは植村氏。朝日新聞は2014年、従軍慰安婦に関する報道に一部誤報があったことを認め、記事を取り消し・訂正している。

代表的なのは、韓国・済州島で女性を強制連行したと述べた「吉田清治証言」に関する記事で、証言が虚偽だったことを認め、一連の報道を取り消した。

植村氏の記事も訂正の対象になった。朝日新聞(2014年12月23日)によると、元慰安婦で初めて証言した、金学順さんの記事について、一部が訂正された。

具体的には、次に示す記事のリード(出だし)にある「女子挺身隊」という用語の使い方が誤っており、「連行」という言葉とあいまって「強制的に連行されたという印象を与える」という理由だ。

「日中戦争や第2次大戦の際、『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、1人がソウル市内に生存していることがわかり、『韓国挺身隊問題対策協議会』(尹貞玉・共同代表、16団体約30万人)が聞き取り作業を始めた」(1991年8月11日)

しかし、記事の間違いと、意図的な「捏造」だとまったく意味合いが違ってくる。

なお、「女子挺身隊」とは、国家総動員法に基づいた組織で、軍需工場などで働いていた。ただし、韓国では戦時中から「慰安婦」と混同される例が多く見られ、日本の報道でも朝日新聞に限らず、混同の例があったとされる。

●裁判所「真実と認めるのは困難」も…

一方の櫻井氏は、この報道によって、日本軍が慰安婦を強制連行したという認識が広まったとして、2014年に複数メディアで朝日新聞や植村氏を批判した。ただし、批判記事の中に「出典間違い」があったとして、裁判中に訂正を出している。

櫻井氏の主張は、前述の金さんが人身売買によって慰安婦にさせられたというもの。植村氏はこのことを知りながら、記事では触れず、あえて「女子挺身隊」という言葉を使うことで、日本軍が強制連行したように書いたなどと批判した。

なお、植村氏の記事では、金さんが慰安婦にされた経緯について、「女性の話によると、中国東北部で生まれ、17歳の時、だまされて慰安婦にされた。200―300人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた」という記述になっている。

裁判所は判決で、金さんが人身売買で慰安婦にさせられたことを、「真実であると認めることは困難」としている。本人の証言に変遷などがあるためだ。

真実と認められなかったのに、なぜ櫻井氏の勝訴となったのか。それには、名誉棄損の裁判の仕組みが関係している。

●「真実」証明できなくても、違法にならないことがある

相手の社会的評価を低下させる表現があったとしても、(1)公共性、(2)公益性、(3)真実性、という3つの要件を満たせば、違法性は阻却される。

仮に真実であることを証明できなくても、本人が真実であると信じることに相当の理由があれば同様だ(真実相当性)。大雑把にいうと、報道現場では十分に取材を尽くしたかどうかと解されることが多い。

今回の判決では、櫻井氏の記事に公共・公益性を認め、資料に一定の信用性があることなどから、真実相当性も認めた。

●真実相当性をどうやって認めた?

では、その資料はどんなものだったのか。

判決で主に触れられているのは、(1)金さんらが日本政府を訴えた際の訴状と、(2)金さんに取材した月刊「宝石」(1992年2月)の記事、(3)金さんの記者会見を報じた韓国・ハンギョレ新聞、の3点だ。

櫻井氏は、これらから金さんは人身売買で慰安婦にされたと書いたと主張した。いずれも具体的に「売られた」という記述はないが、14歳のときに養父(妓生専門学校の経営者)へ売られ、17歳のとき、その養父と訪れた中国で慰安婦にさせられたという点で共通している。

出典となった、宝石やハンギョレ新聞には、向かった中国で日本軍人が待っていたことが書かれており、裁判所はこれらの内容から、櫻井さんが人身売買説を信じたのには相当の理由があるとした。

そのうえで、金さんの証言の録音を聞いて記事にした植村氏が、慰安婦になった経緯について知っていたと櫻井氏が考えることについても、相当の理由があると判断している。

判決では、植村氏が本来関係ない「慰安婦」と「女子挺身隊」とをあえて結びつけたとする櫻井氏の主張についても、朝日新聞をはじめとする当時の慰安婦報道や、植村氏の義母が、日本政府を訴えた韓国遺族会の幹部だったことからすれば、櫻井氏がそう信じたことには相当の理由があるとした。

●植村氏は控訴する方針

ただし、前述の資料には続きがある。どちらも養父が日本軍人から刀で脅されていたことが書かれており、ハンギョレ新聞では、金銭がわたっていない可能性にも言及されている。この資料に限れば、強制性も読み取れそうだが、この点について、櫻井氏は触れていない。

植村氏は11月15日、日本外国特派員協会(FCCJ)で会見。その夜、都内であった判決の報告集会で、櫻井氏が自身の都合のよいように資料を解釈していると指摘し、「『自分が信じてしまったから仕方がない』だと、ほとんど無敵。誰でも指弾できる」と、判決を批判した。

一方、櫻井氏は11月16日、同じくFCCJで会見し、朝日新聞に質問状を送ったが、「木で鼻をくくったような」回答だったため、植村氏に取材しなかったと述べた。

会場の記者から、植村氏の記事について、かつては「誤報」「混同」という表現を使っていたのに、「捏造」と指摘するようになったのはなぜか、と問われ、「時とともに疑問が強くなったため、捏造したと言われても仕方がないだろうという意見を書きました」とも語った。

植村氏側は、近日中に控訴する予定だという。

(弁護士ドットコムニュース)

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