大阪市のフランス料理店で働いていた男性調理師(当時33歳)が急性心筋炎で亡くなったのは、過重労働が原因だとして、男性の妻が労働災害と認めるよう求めた訴訟の判決で、大阪地裁は5月15日、遺族補償年金などを不支給とした国の処分を取り消した。
男性は発症前1年間、平均して1カ月あたり約250時間もの時間外労働をしており、判決は「免疫力に著しい異常が生じていた」と発症と業務との因果関係を認めた。
「こんな酷い勤務で倒れて最終的に亡くなってしまったのに、たまたま心筋炎だからという理由で認められないのは納得できない、仕事以外に理由はないのに」。男性の妻は労災の支給が認められず、こう話していたという。
急性心筋炎は、労災認定の補償の対象となる疾病「職業病リスト」に入っていない。原告側代理人の波多野進弁護士は「裁判所は行政と異なり、対象かそうでないかで判断基準は変えていない。対象疾病ではなく免疫力低下という点に着目して判断したことは、労災の間口を広げるいい判断だ」と話す。
●午前8時に出勤、夜中に仕込みも
判決などによると、男性は2009年6月から正社員として勤務。レストランは「ミシュランガイド」にも掲載されたことのある評判の高い人気店で、ランチもディナーもいつも満席だった。男性は午前8時に出勤し、ランチとディナーの営業の間に休憩を1時間ほどとっていた。深夜0時ごろに客が退店した後、夜中に仕込みをしたり、発注、掃除作業をしていた。
男性は12年11月、心臓を動かしている筋肉(心筋)にウイルスが感染して炎症を起こす「急性(劇症型)心筋炎」を発症して入院。翌年9月に退院したものの、14年1月に心不全で再入院し、6月に急性心筋炎を原因とする脳出血のため亡くなった。
●裁判の認定
争点は、発症と業務に因果関係があるかどうかだった。国は「長時間労働と心筋炎発症の関連を証明した研究は存在しない」「男性の遺伝的背景など、業務外の事情が疾病に作用した」などと主張していた。
男性は、脳・心臓疾患の労災認定基準の3倍以上もの過重労働をしていた。判決は、そうした著しい長時間労働をしていた場合、免疫力が低下してウイルス感染しやすく、症状も重篤化しやすくなることは「医学的な裏付けがある」と認め、因果関係を認めた。
この点に関して、波多野弁護士は「250時間もの時間外労働で過労状態になり、免疫力が低下し、ウイルス性心筋炎に感染、発症、増悪、劇症化という判決が認めた因果の流れは、医学的知見や医学的常識に従った当然の内容」と話す。
●対象疾病でない場合、労基署から労災認定されにくい
波多野弁護士は「労働基準監督署は個別具体的に業務と疾病との因果関係を判断するため、行政の実務・運用においては、対象疾病でない場合は結果として労災認定されにくい結果となっている」と指摘する。
これまでも、裁判所の判決では、ぜん息や十二指腸潰瘍など、労災の対象疾病ではなくても過重業務によって発症、悪化したといえる場合には、労災と認められてきているという。
波多野弁護士は「対象疾病は、あくまで行政が効率的かつ迅速に判断するために例示、列挙された疾病に過ぎないことが再確認された」と判決を評価した。