「クリーニング業界は悪質なブラック企業が跋扈(ばっこ)する世界になってしまった」――。そんな刺激的な言葉とともに、業界の暗部をつづった本がある。『クリーニング業界の裏側』(緑風出版、2018)だ。
著者の鈴木和幸さんは、2020年で創業100周年を迎える福島県のクリーニング会社の3代目。2014年にNPO法人クリーニング・カスタマーズサポートを立ち上げ、労働問題や消費者被害の解決に取り組んでいる。
一体、業界にはどんな構造があるのだろうか。話を聞いた。
●「悪いことしないと戦えない」
――ブラック企業が跋扈とはどういうことですか?
「クリーニング業界はもともと職人の世界でしたが、50年ほど前から機械化の波が押し寄せて来ました。
大きな工場をつくって、周りに取次店をたくさん配置する大手業者が出てくるようになった。価格競争は激化し、その結果、悪いことをしないと戦えないようになってしまったんです」
ーー具体的には、どういうことでしょう?
「大手はワイシャツを1枚80円とか、うちの半額近い値段でやっている。どうしてそんなことができるんだろうと思っていました。
そしたら、1999年に雑誌で『洗っていないクリーニング業者がいる』という内容の記事が出た(「MUFFIN」同1月号)。あまり汚れていないものは、乾燥しただけで包装して返すというんです。これで大手の内情に興味を持ちました。
2008年には、福島県に当時業界3位だった大手が進出してきました。本来建てられない場所に工場があるので、情報開示制度などを使って調べてみたんです。すると、行政に虚偽申告をしている疑いが出てきました。
知り合いのメディア関係者に連絡したところ、ほどなく、同社が各地で建築基準法に違反(認められない地域での石油系溶剤の使用)していることが報じられたんです。
この後、業界2位にも違反が発覚して、国土交通省が全国のクリーニング工場を調査をしたのですが、全工場の50.2%が違法操業をしていました」
●残業代ゼロ、紛失品は「自腹弁償」
ーーそこでNPOを立ち上げた?
「クリーニング業界には、『着ているだけで健康になる』みたいな怪しげな加工などもよくみられます。
そうした消費者被害も念頭に置いて、2014年に『クリーニング・カスタマーズサポート』というNPO法人をつくりました。
でも、うちにくる相談の多くは業界で働く労働者からのものです」
ーーそれだけ、業界の労働環境が悪いと。
「NPOを立ち上げてすぐ、うちの会社に転職して来た、元大手の社員をサポートすることになったんです。この女性は工場ではなく、クリーニングの受付店舗で働いていました。
彼女が言うには、繁忙期には0時過ぎまで働くなどしていたのに、残業代が出なかったと。このほかにも、紛失品があれば自腹弁償など、ひどい話がたくさんありました。
さすがにウソだろうと思いましたが、証拠を出されてあぜんとしました。常識がないなんてもんじゃない。大手の労働実態について初めて知りました。
そこで労働問題に詳しい弁護士に連絡して、日本労働評議会(労評)を紹介してもらった。経営者の私が労働組合に相談に行ったわけです。
会社には団体交渉を申し入れ、最終的には60万円を払ってもらいました。メディアにも取り上げられ、労働相談がよく来るようになったんです」
●「実は洗っていない」という内部告発
一一相談ではどんなケースがあるのでしょうか?
「今紹介したのは、受付店舗の話でしたが、工場の労働環境もひどいものがあります。
たまに低価格クリーニング業者の労働者から、『ウチは洗っていない』などという声があります。膨大な量の洗濯物があるのに、現場は低賃金で人手不足。夜中まで仕事しても終わらないという焦りから、つい手抜きに走ってしまうのかも知れません。
価格競争に走って、量をこなして収益をあげるモデルにしてしまったツケが回って来ているんですね。
でも、改善の兆しはあまり見られない。工場には、外国人労働者もたくさんいます。不法就労の人もいるし、技能実習生もいます。当然待遇は悪い。クリーニング業の実習生は、1年しか滞在することができないので、業界では期間の延長を求める動きもあります」
ーークリーニングの受付店舗(取次店)をオーナー制にする例も増えていると聞きました。
「オーナー制そのものが悪いわけではありませんが、オーナーは『労働者』ではないから、労働基準法が適用されません。ブラック企業に悪用されやすい仕組みだとは言えるでしょう。
オーナーからは『説明されたような収入がなかった』『工場のクリーニング品質が悪い』『自腹で弁償させられる』『休めない』といった相談が多く寄せられています」
一一どうして労働環境が改善されないのでしょうか?
「クリーニング業者は、1957年の『生衛法』により、『全国クリーニング生活衛生同業組合連合会』(全ク連)として組織されました。
ところが、先ほど話したように、1960年代後半ぐらいから機械が入ってきて、大きな工場を建てて、周囲に受付店舗をつくる大手企業が出て来ました。
クリーニングは一律料金だった時代もあり、全ク連にいる家族経営の零細業者と、効率化により低料金・大量処理に舵を切った大手が対立していきます。
大手が全ク連から離脱したり、そもそも入らなかったりしたことで、現在、全ク連に加盟していない大手がクリーニングのシェアの8割ほどを占めています。
しかし、厚労省は今でも、シェアの少ない全ク連を業界の代表と見なし、制度設計しています。そのため、大手で起こる労働問題が見過ごされやすくなっている面があると考えます」
●業界正常化は「自分のため」
――クリーニング業者でありながら、なぜそこまで不正を追及するんですか?
「純粋に、これはおかしいだろうと思ったんです。業界を正しくしないと自分がおかしくなります。自分の生存のためです。
地元・福島県の出身者に、特撮の円谷英二がいます。生家はうちの実家からすぐ。祖父は英二と酒を飲んだこともあります。
僕も(円谷プロの)ウルトラマン、ウルトラセブンを観て育ちました。困っている人は助けるのが基本。この歳になって、ついにブラック企業という宿敵が現れたか、という感じです」