「大勢の前でブス、バカなどと言われました。侮辱罪にあたるのではないでしょうか」。神奈川県に住むミホさん(仮名・30代)は怒りを隠しきれない様子だ。
大学の同窓会に参加したミホさんは、初対面の男性に「見た目、すごく頭悪そうだよね。みんなにブス、バカっていわれない?」と大勢の前で言われたという。
ミホさんに対する「ブス」「バカ」などの暴言は、同窓会が終わるまで執拗に繰り返された。「周りがどんなに注意しても、男性はやめてくれませんでした」と話す。
弁護士ドットコムにも、大勢の人がいる飲み会の席で「離婚するような人間は人間失格」と言われた女性や「デブ」「痩せろ」などと言われた女性から相談が寄せられている。
このような場合、侮辱罪として相手を訴えることはできるのか。刑事事件に詳しい泉田健司弁護士に聞いた。
●「侮辱罪が成立する可能性は低い」
ーーこのように大勢の前で暴言を吐かれた場合、侮辱罪は成立するのでしょうか
「侮辱罪の対象となるのは、人前で罵声や嘲笑を浴びせかけて侮辱する行為です。法定刑は拘留や科料だけで、刑法犯の中ではもっとも軽い部類です。
ただし、罵声を浴びせる行為がすべて侮辱罪として成立するわけではありません。刑法犯として成立するには、刑罰という制裁に値するような社会的相当性から逸脱した悪質性(可罰的違法性)があるかが問われます。
もし、『バカ』という言葉を使っただけで侮辱罪が成立することになれば、この世の中は犯罪者だらけということになってしまいます」
ーーでは、同窓会の宴席で執拗に「バカ」「ブス」などの暴言を繰り返し、侮辱する行為はどうでしょうか
「まわりが注意しても同窓会が終わるまで暴言が繰り返されていることから、相当嫌な思いをしたであろうことが手に取るようにわかります。
しかし、途中で席を立つこともできたのではないでしょうか。それをせず、同窓会の最後までいたということは、侮辱の程度が刑事罰に値するほど重くないと捉えられるかもしれません。また、相手が冗談めかして言っていたのか、罵倒するように言っていたのかによっても違ってくると思います。
私見ですが、侮辱罪という刑事罰に値するほどの罵声ということになると、同窓会の場が凍てつき、同窓会を中断せざるを得なくなるほどの態様をイメージします。
したがって、侮辱罪が成立する可能性は低いと思います」
●侮辱罪の成立を認める裁判例は「少ない」
ーー実際に、侮辱罪が成立すると判断された事例には、どのようなものがあるのでしょうか
「裁判例を調査したところ、『カバ』『法律違反者』などと大声で執拗に罵倒したという事案で侮辱罪を認めている裁判例(東京高等裁判所・昭和51年5月13日)など数例しかヒットしませんでした。
また、私が調査できる限りでは、宴席での侮辱的な言動が問題とされた事案は見当たりませんでした。
どれだけ少ないのかと思い、平成27年から29年まで3年分の司法統計(注)を見てみました。この3年間は、侮辱罪だけで訴追されて拘留や科料に処せられた事案はゼロだと考えられます。
つまり、捜査機関が侮辱罪が成立すると判断する事例がまず少なく、たとえ成立すると判断しても、起訴する事例が極めて少ないといえるのではないでしょうか」
(注:司法統計では、侮辱罪そのものの件数を表示する項目はなく、侮辱罪は「その他の刑法犯」としてひとくくりにされています。「その他の刑法犯」として、拘留や科料に処せられた者がいないことから、このように判断しました。
なお、侮辱罪と他の犯罪が併合されて、拘留や科料以上の刑罰が下されている事案がある可能性もあります)
●謝罪を促してもらうか、同窓会を出禁にしてもらう
ーー相談者がとりうる法的措置としては、どのようなものがありますか
「まず、刑事告訴でしょう。しかし、上述の通り、侮辱罪が成立する可能性は低いですし、侮辱罪での実際の訴追件数を考えると、なかなかうまくいくとは思えません。
ほかには、簡易裁判所に対して慰謝料請求の民事訴訟を起こすという選択が考えられます。しかし、慰謝料が認められる可能性もそれほど大きくなく、仮に認められたとしても数万円程度にとどまるでしょう」
ーー法的措置をとったとしても、相談者が納得いく結果を得るのはむずかしそうですね。執拗に暴言を吐いてくる人に対して、ほかになにかできることはあるでしょうか
「同窓会の中心となっている人に今回の件をお話して、相手方に謝罪を促してもらうか、同窓会を出禁にしてもらうといったような方法がもっとも現実的でしょう。
いくら酒に酔っているからといって、他人を不快にさせるような飲み方はゆるされません。そういう人には近づかないというのが、自衛できる最善策かもしれませんね」