中教審(中央教育審議会)で給特法について審議がおこなわれる中、埼玉県の公立小教員が9月、残業代の支払いを求めて県を提訴した。公立学校の教員は、教員の給与を定めた給特法(1972年施行)で、学校行事や災害など4項目以外は時間外勤務を命じないことになっており、一般的な業務の時間外勤務の手当はつかないためだ。
教員の時間外勤務をめぐっては、これまでにも度々裁判が提起されてきた。
「今度の提訴には期待している。裁判所は『やむを得ない強いられた労働』に目を向けて欲しい」。こう話すのは、今から約10年前に教員の時間外労働について争った「川口教組事件」の弁護団長を務めた佐々木新一弁護士だ。
佐々木弁護士は「全体を通して読むと、判決文は前提と結論が結びつかないチグハグなもの。裁判所の中で論争があったのではないか」と振り返る。いったいどのような判断がなされたのだろうか。(編集部・出口絢)
●自主的、自発的労働か
どんな時間外勤務であれば違法なのかについて、東京高裁は川口教組事件の判決で、法律上の判断基準を2つ示した。
まず「給特法が想定している自主的・自発的労働と評価できないような実態」がある場合は、「給特法、労基法に違反し、違法であると言うべき」と指摘した。
ただ、自主的・自発的労働であっても「年間を通じて恒常的に、かつ、客観的に見ても長時間にわたらざるを得ない状況」にあり、「健康と福祉を害する恐れが高いと言えるような場合」にも、その勤務条件は適正を欠くと言うことができるとした。
●男性教員3人の働き方は?
では、原告となった男性教員3人の働き方はどう判断されたのか。
まず「自主的・自発的労働」だったかどうか。原告3人の勤務実態については、訴訟前に人事委員会による調査が行われていた。2005年7月4日からの2週間で、それぞれ約32時間〜55時間の時間外勤務をしており、原告側は「校長が決定する年度ごとの計画によって、包括的な時間外教育活動にかかわる勤務命令が出されている」と主張していた。
裁判所は、年度ごとの計画については「行事や学習計画、指導目標を定めたにすぎず、勤務時間を超えて勤務することを具体的に予定して、これを義務づけるようなものではない」と指摘。
また、原告の勤務について、「正規の勤務時間中には必要な教育活動が終わらず、時間外勤務をせざるを得ない状況にあったことが優に認められる」としながらも、いつどのようにどの程度仕事をするかは、「意思・判断(裁量)に任されていて、給特法が想定する自主的、自発的労働の範疇に属すると言わざるをえない」と判断。「直ちに違法と評価されるものではない」とした。
次に「勤務条件は適正を欠く」のかどうか。裁判所は原告の勤務が「時間外勤務は相当な長時間になっている」と認めながらも、「具体的な健康被害の訴えを出されていない」「部活動の指導は、時間を減らしたり他の担当者に変わってもらうことも十分可能であった」「人事委員会の判定は著しく妥当性を欠くとまでは言えない」とし、原告の訴えを退けた。
●「歴史上の到達点を突破して」
原告の長時間労働を認めながら、「直ちに違法と評価されない」「著しく妥当性を欠くとまでは言えない」とした東京高裁判決。佐々木弁護士は「教員の時間外労働を認めれば、国家予算にまで影響する。あまりに影響が大きいために、国に忖度した判断をしたのではないか」とみる。
教員側の請求が認められるハードルは高く、審理が長期にわたりがちな裁判の当事者となるには相当なエネルギーが必要だ。それにもかかわらず、今回提訴に踏み切った埼玉の教員に対し、佐々木弁護士はエールをおくる。
「勤務実態を徹底して積み上げれば、裁判所は法律家として正しい結論を出すはず。証拠を出し切れるかが、一つ大きな鍵でしょう。どうか歴史上の到達点を突破してもらいたい」。
<川口教組事件の概要>
川口市内の市立小中学校の教員が2004年、埼玉県人事委員会に時間外勤務手当の支払いなどを求めて措置要求を行った。要求は2006年3月、いずれも棄却・却下される。そこで、男性教員3人が決定取り消しを求めて2006年夏、さいたま地裁に提訴した。
2008年3月、さいたま地裁で請求が棄却され、原告側が上告。東京高裁では予定されていた判決期日が2度延期されるという異例の展開となり、2009年9月30日に教員側の請求が棄却された。