2016年度に過労などが原因で精神疾患を発症し、労災として認められたのは498件(前年度比26件増)で過去最多だったことが、厚労省が6月30日に発表した「過労死等の労災補償状況」で明らかになった。請求数も1586件(同71件増)で過去最多だ。
このうち、未遂を含む「過労自殺」での申請は198件(同1件減)、認められたのは84件(同9件減)だった。この中には、電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24)も含まれる。
一方、脳出血や心筋梗塞などでの労災申請は825件(同30件増)、労災と認められたのは260件(同9件増)。過労死に限定すると、申請が261件(同22件減)、認定が107件(同11件増)だった。
こうした数値をどう読み解けば良いのだろうか。波多野進弁護士にデータを分析してもらった。
●若手の精神疾患が増加「実務の実感とも一致」
「脳・心臓疾患も精神障害の労災もいずれも請求件数が増えていることから、依然として労働現場の状況が厳しいことがうかがわれます」と波多野弁護士。特に精神障害での統計が、日本の労働問題を象徴しているように感じるそうだ。
「精神障害の労災認定が過去最多となったことは、現在の日本の労働現場の余裕のなさを示していると思います。精神障害の年齢別で特筆すべきなのは、20~29歳の新人やキャリアのまだ浅い若年労働者の申請の数の多さと支給決定の件数の多さです」
年齢別に見ると、20〜29歳の精神疾患での請求件数は全体の17%で、40〜49歳の34%、30〜39歳の26%には及ばない。しかし、本来若手が与えられるべき業務負荷を考えると大きな割合と言えるだろう。また、支給決定件数で見ると、20〜29歳は前年より20件増えており、割合で見ても全体の21%と比率が大きくなる。
「実際に現場で相談を受けている実感として、10年前と比べて若年労働者のうつ病による休職や自死の労災の相談が格段に増えているのを感じていますが、統計の数字もその実感と一致しています。
新人を、時間をかけて研修したり、教育したりする余裕が使用者側に失われていて、新人が満足のいく指導を受けられないまま、責任ある立場でプレッシャーのかかる仕事を担当せざるを得ない現状を表しているように思います」
●長時間労働とハラスメントの複合で発症リスク相当高まる
精神疾患での労災を業種別に見ると、申請件数は「医療・福祉」分野が302件(48件増)でトップ。前年度1位だった「製造業」を逆転した。また、医療・福祉は支給決定件数も80件(33件増)と多く、製造業の91件に次ぐ2位だった。
「医療・福祉分野では、勤務医や看護師、介護士の方々に代表されるように恒常的な人手不足の中、長時間労働のみならず、対応が遅れたり間違えたりすると命の危険に直結する常時緊張を強いられる仕事です。申請件数も支給決定数も多いことは、現状のこれら業種の置かれた厳しい環境から当然の結果と思います。
労災に限らず、残業代などの相談において、夜勤や宿直のとき、少ない人員、酷い場合にはたった一人で病棟の患者や介護施設の利用者の対応を余儀なくされている医療労働者や介護労働者は珍しくありません」
厚労省のデータでは、原因となった出来事別の統計も出ている。精神疾患での支給決定件数がもっとも多いのは「嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた」(74件)だった。
「余裕のない職場では、嫌がらせ、いじめを誘発しやすいですし、労災の相談でも、長時間労働だけでなくハラスメントが複合しているケースが多いといえます。高橋まつりさんの電通の件でも明らかになったように、両者が重なった場合にはうつ病などの精神疾患の発病の危険は相当高まると思われます」