東京都が全国初の「カスタマーハラスメント(カスハラ)」防止条例の制定を進めるなど、客による暴言・暴行が社会問題化する中、企業の顧問弁護士にも被害相談がじわじわと増えている。
中山泰章弁護士(第二東京弁護士会)のもとには、1年ほど前から急に企業からのカスハラ相談が増え始めた。「セクハラやパワハラと同じで、被害件数が急増したというよりも、報道などで注目が集まり、『これもカスハラではないのか?』という問題意識が芽生え、被害相談が増えてきているのでは」と分析する。
都条例が制定されれば、カスハラの報告件数はさらに「増加」することが予想されるという。都が目指すカスハラ防止条例の意義を聞いた。(ライター・国分瑠衣子)
●「過大な要求というより、手段や態度が悪質なケースが多い」
中山弁護士はカスハラ対応を専門に行っているわけではないが、2023年春ごろから企業からの被害相談が急増。同年秋に企業の法務担当者などを対象にした、カスハラ対策のオンラインセミナーを開いたところ、視聴者の99%超がアンケートに回答するなど、高い関心がうかがえたという。
中山弁護士が受けるカスハラの被害相談は、コールセンター関連が多く、「責任者を出せ」という高圧的な態度や、執拗な電話に従業員が苦慮しているといった相談が大半だ。
「要求内容は必ずしも不当ではないけれども、要求の手段や態度が相手を威圧するような言動だったり、執拗に要求を繰り返したりといった不相当なケースが多い印象です」(中山弁護士)
クレームは、企業の商品やサービスの向上につながる面もあり、クレームそれ自体が「正論」の場合は電話を受けた側も対応が難しい。経営者には初期対応として、すぐに謝罪せず、まずは事実確認を行うようにとアドバイスすることが多いという。
●従業員疲弊で企業に変化、カスハラ対応に前向きに
かつては悪質クレームであっても、従業員に忍耐を求め、平謝りをさせる経営者も多かった。しかし、悪質クレーマーの執拗な暴言などで精神的に疲弊し、休職や退職に追い込まれる従業員もいる。安全配慮義務を尽くしていなかったとして、退職者が会社の責任を追及する事例も増えているという。
中山弁護士は「人手不足の中、企業は採用活動や従業員研修に多大な投資をして従業員を現場に送り出しています。退職者から訴えられるリスクもある。カスハラは企業活動にも大きな損失です」と企業がカスハラ対策に前向きになっている理由を説明する。
中にはカスハラの相手が取引先のため、被害が顕在化しづらいBtoB企業からの相談も。被害の内容や程度によっては早期の契約解除を勧めることもあるという。一時的に売上が減っても、経営者や従業員のメンタルを守ったほうが長い目で見るとプラスだと考えるからだ。
●カスハラ条例は「企業の規約の制定や改訂の弾みに」
カスハラをめぐっては、2022年に厚生労働省が企業向けの対策マニュアルを策定。2023年には旅館業法などが改正され、精神障害の労災認定基準にカスハラの項目が盛り込まれるなど、各方面で対策が進む。
東京都のカスハラ防止条例は「カスハラはよくないこと」と知らせる周知、啓発の目的が大きく、罰則規定は盛り込まない方向で調整が進む。それでも中山弁護士は、条例の制定は企業や従業員、そして消費者にとっても大きな意義があると考えている。
「条例ができることで、企業が条例の規定を参考にして利用規約や約款に、カスハラ対策を盛り込みやすくなると思います」
既に老舗ホテルの宿泊約款やスポーツ団体の観戦約款の中には、悪質クレーマーの利用を断る規定もある。条例が制定されれば、中小企業も条例を根拠にカスハラ対策のための規約をつくりやすくなる。
消費者の多くは、別の場面では従業員でもある。条例により被害申告のハードルが下がれば、「自分がされたら嫌なことを、自分が普段していないか」という意識も高まるだろう。
都をモデルに他の自治体にもカスハラ防止条例が広がっていく可能性もあり、暴力団排除条例で暴力団の活動が減退したように、カスハラの減少が期待できるという。
「サービスを受ける側と提供する側は、本来は対等な関係です。過去には『お客様は神様』という言葉が独り歩きしてしまいましたが、企業は従業員の立場にも十分に配慮し、正当なクレームは経営に活かしつつも、悪質クレーマーには毅然とした対応で臨む必要があると思います」(中山弁護士)