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楽天・安楽投手に「パワハラ疑惑」報道、球団の責任は? 弁護士「賠償求めるのは難しい」
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楽天・安楽投手に「パワハラ疑惑」報道、球団の責任は? 弁護士「賠償求めるのは難しい」

プロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルスの安楽智大投手による同僚への「パワーハラスメント疑惑」が波紋を呼んでいる。

報道によると、同じ球団の複数の選手から、契約更改交渉の場などで、安楽投手に日常的ないじめを受けたという訴えがあったという。

これを受けて球団は、安楽投手との契約更改交渉の予定を見送り、宮城県塩釜市とのパートナー協定締結式も延期。疑惑解明に向け、選手からのアンケート調査や聞き取りなどを進めているようだ。

済美高校(愛媛)のエースとして甲子園大会準優勝の実績があり、2014年にドラフト1位で入団した安楽投手は、近年中継ぎとして活躍していた。主力のパワハラ疑惑は球団内外へ衝撃を与えている。

プロ野球選手は、球団側と年単位の契約を締結するなど、企業に勤める一般的な社会人とは異なる環境にある。

もし仮にパワハラが事実だとした場合、本人だけでなく球団も何らかの責任を負うのだろうか。また球団側にはパワハラ防止に向けて対策を実施する義務などはあるのだろうか。今井俊裕弁護士に聞いた。

●選手と球団は「雇用関係」ではないが…「パワハラ防止体制は必要」

——プロ野球選手は一般的な労働者とは異なる面が多々ありますが、選手と球団の契約関係は一般的にどのようなものでしょうか。

プロ野球選手と球団の関係は「雇用関係ではない」と一般的には認識されています。

たとえば、居残り練習をするのかどうか、試合前の調整をどれほどするのかなどは、そのときの体調やケガの具合などの状況によって、原則として、選手本人が決定しているでしょうから、チーム練習以外の練習時間が労働時間に該当するのかというと、必ずしもそうではないでしょう。

また、選手によっては、報酬も高額であり、それ以外にもスポーツメーカーなど、スポンサーとの契約締結やその報酬の決定も基本的に選手に裁量があります。

プロ野球選手は個人事業主であり、いわゆるフリーランスです。したがって、選手によるチームの同僚や後輩への暴力・暴言・嫌がらせなどは、いわゆるパワハラ防止法(労働施策総合推進法)が定めるパワハラには該当しません。

なお、プロ野球選手会は、労働組合法上の労働組合であると一般的に理解されていますが、労働基準法など、労働者保護法制における「労働者」概念と、労働組合法における「労働者」概念は異なるので、プロ野球選手は個人事業主であるという認識とは矛盾しません。

——嫌がらせなどをした本人や球団には、どのような法的責任が発生するでしょうか。

報道されている内容では、「安楽投手による『パワハラ』疑惑」という言葉が使われていますが、ここでいう「パワハラ」というのは、一方的かつ理不尽な許されざる暴力・暴言・嫌がらせ、という意味だと思われます。

暴力によって相手を負傷させたならば当然ですが、仮に暴言や嫌がらせであっても、一定程度を超えれば、違法行為として、加害者本人には被害者に対する慰謝料などの損害賠償責任が生じるでしょう。

ただし、それに伴って球団としても損害賠償責任を負うのかというと、早計には判断しかねる部分はあります。

従業員などが違法行為をして被害者に対し損害賠償責任を負った場合、その従業員などに業務上の指揮命令していた会社なども、被害者に対し同等の損害賠償責任を負う「使用者責任」(民法715条)という制度があります。

しかし、この制度を考慮したとしても、球団に損害賠償責任を負わせることは難しいのではないでしょうか。球団が安楽選手に対し、指揮命令している関係性があるとは言いがたいからです。

また、各選手は球団と年俸制で契約していますが、この契約に基づいて球団に対して直接損害賠償請求することも容易ではないでしょう。

仮に雇用契約ならば、使用者は、労働者が安全に会社の指揮命令する業務に従事できるように配慮する義務があります。この義務は労働契約法に明文の規定がありますが、雇用関係ではないプロ野球選手・球団間にそのまま当てはまるわけではありません。

雇用契約ではないとしても、何らかの契約関係に入った当事者間において、同様の義務を認めることができるかという問題になります。

パワハラ防止法の適用がある場合は、事業主には、パワハラ防止のための社内方針を明確にしてその周知・啓発を図らなければなりません。そのうえで、パワハラ被害に関する相談に応じて対応するための体制整備が必要です。

仮にパワハラが発生すれば、それに迅速・適切に対応し、関係者のプライバシーを守り、また通報や相談した関係者に不利益な扱いをしてはならないなどの義務があります。しかし、雇用契約でなければパワハラ防止法の適用はありません。

とすれば、チーム内にパワハラ被害と呼べるような状況が生じたからという理由だけで、選手が適切に練習できる環境を整備しなかったことを原因に損害賠償責任を負わせるのは難しいのではないでしょうか。

ただし、以前からパワハラ被害の通報が重なっていて、球団としても何らかの対応をとることが十分に可能であったにもかかわらず、想定されたパワハラ被害が生じてしまったという事情などがあれば、また異なる結論になるかも知れません。

——球団側は選手間での「パワハラ的行為」を防ぐために、何らかの法的義務を負っているのでしょうか。

球団にはこのようなパワハラ防止法上の義務はないのですが、チーム内で暴力や社会通念上到底許されない暴言・嫌がらせが生じている場合、手をこまねいて傍観という態度は許されないでしょう。

特に先輩から被害を受けた後輩からすれば、球団上層部に相談して違法行為をやめさせるしか、事態の改善は難しいのではないでしょうか。

もちろんチームには監督がいますが、選手は監督と契約しているのでもなく、また高校野球と違って、選手も高額な報酬を得ている立派な社会人です。プロ野球の監督が野球以外について選手を指導することにも限界があるでしょう。

いずれにせよ、現在のスポーツ界では、大昔のような先輩によるしごきやいじめ、暴言などは許されません。球団としても、パワハラ防止法の適用はないとしても、それに準じる体制を整備する必要があると思われます。

プロフィール

今井 俊裕
今井 俊裕(いまい としひろ)弁護士 今井法律事務所
1999年弁護士登録。労働(使用者側)、会社法、不動産関連事件の取扱い多数。具体的かつ戦略的な方針提示がモットー。行政における、開発審査会の委員、感染症診査協議会の委員を歴任。

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