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会社「濃厚接触者になった経緯を反省しろ」、始末書は提出しなければダメ?
写真はイメージです(Fast&Slow / PIXTA)

会社「濃厚接触者になった経緯を反省しろ」、始末書は提出しなければダメ?

新型コロナウイルス感染者の濃厚接触者と判定されたところ、会社から「始末書」を要求されたという相談が弁護士ドットコムに寄せられました。

福祉関係の仕事をしているという女性は、プライベートで自宅で職場の人を交えて3人で食事をしました。そのうち一人がコロナに感染したことが判明。女性はPCR検査で陰性でしたが、濃厚接触者として健康観察期間(外出自粛)に入りました。

その後、健康観察期間を終えて出勤したところ、施設長から「濃厚接触者になった経緯を反省しろ。始末書を書け。また、今後何かしらの処分を検討している」と言われたそうです。

女性は「職場には口頭で『会食などは自粛してほしい』とは言われてましたが、強制ではないと話されてました」と始末書を書くことについて疑問に感じているようです。

はたして、女性は始末書を書かなければいけないのでしょうか。中村新弁護士に聞きました。

●会社は従業員の私生活を制限できるか?

——会社は従業員の私生活を制限して良いのでしょうか?

深掘りすると非常に難しい問題ですが、まず原則から確認しましょう。

雇用契約は、従業員が労務を提供し、使用者が提供された労務の対価である給与を支払うことを本質とする契約です。

したがって、労務の提供に要する時間(就業時間)を離れた従業員の私生活については、原則として使用者のコントロールは及びません。また、従業員のプライバシー権保障の見地からも、使用者が従業員の私生活に干渉することには問題があります。

しかし他方で、使用者は企業秩序を維持する権限を持ち、従業員は企業秩序を遵守する義務を負います。

私生活上の行為であっても、会社の名誉または信用を明らかに失墜させ、企業秩序を乱すような行為については懲戒処分の対象となりえます。私生活の場で犯罪に及んだ場合がその典型例です。

●濃厚接触者、懲戒処分の対象になる?

——では、従業員が新型コロナウイルスに感染した場合はどうでしょうか。

まず、ウイルスに感染したという事実そのものを懲戒処分の対象とすることはできません。感染経路を客観的に立証することは不可能であり、どれだけ気をつけていても感染してしまう可能性があるからです。

懲戒処分の対象になりえるとすれば、「私生活上の会食禁止」などの使用者の指示に反したことが判明した場合でしょうが、これも一般企業では難しいと思われます。

会食「禁止」の指示まですることは従業員の私生活に対する過度の干渉と評価されるでしょうし、これが指示ではなく、「会食を自粛されたい」という「要請」にとどまるのであれば、業務命令違反とまではいえないからです。

しかし、病院に勤務する医療従事者や介護施設に勤務する介護職員など、職場で感染者が生じるとクラスターが発生する危険性が高い業務に従事している方に対しては、使用者側が感染防止のための配慮を求める指示を行い、指示に違反したことが判明した場合に懲戒処分をすることは不可能ではないと思われます。

ただし、その場合も、消毒などの感染防止措置を十分に取れない自宅等での多人数にわたる会食を禁止する、など、従業員の私生活を過度に制約しないための限定を慎重にかけない限り、懲戒処分は無効となる可能性が高いでしょう。また、懲戒解雇などの重い懲戒処分は、処分の相当性を欠くものとして、やはり無効になると思われます。

——今回のケースはどう考えられますか。

福祉関係業務の従事者とはいえ、自宅で3名程度での会食であること、また、使用者から会食自粛の要請はあったものの業務命令と評価される指示まではなかったことから、訓告などの懲戒処分を前提とする始末書の提出を使用者側が求めることは難しいでしょう。

懲戒処分を前提としない顛末書(会食から感染判明に至るまでの経緯を説明する書面)の提出を要求できるにとどまると思われます。

いずれにせよ、使用者側は、従業員へ感染防止対策の指示ないし要請をするに当たっては、職場で感染が発生・拡大した場合の重大性や想定される感染経路につき、従業員に十分な情報提供を行うことが必要と考えます。

プロフィール

中村 新
中村 新(なかむら あらた)弁護士 銀座南法律事務所
2003年、弁護士登録(東京弁護士会)。現在、東京弁護士会労働法制特別委員会委員、2021年9月まで東京労働局あっせん委員。2023年4月より東京労働局労働関係紛争担当参与。労働法規・労務管理に関する使用者側へのアドバイス(労働紛争の事前予防)に注力している。遺産相続・企業の倒産処理(破産管財を含む)などにも力を入れている。

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